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「…なに女の子と帰ってんのよ」  じろっと僕を見て、ピンク色の唇が動く。 「あたしは友達ですっ」  里田さんが一歩踏み出して言った。先輩は里田さんを見て、ふん、と鼻を鳴らした。 「…分かるわよ、それぐらい。てゆっか、そんなピリピリしなくても取って食ったりしないわよ。三島先輩にも釘刺されてるし。…でも」  ぶすっとした表情で先輩が僕を見る。長く濃いまつ毛は羽ばたきそうで、不機嫌を撒き散らしていても可愛いと思った。 「愚痴くらい、言ってもいいかと思ったのよ。だって昨日の三島先輩ってば…」  ギリッと音がしそうなくらいピンクの唇を噛み締めてから、また先輩が口を開く。 「あんまりにも違うから。あたしたちの知ってる先輩と」 「え…?」  ちょっと来て、と廊下の隅に連れて行かれた。里田さんはそのままそこに残って、心配そうに僕を見ていた。 「あたしはね、去年の秋頃先輩と付き合ってたの。1ヶ月半くらいかなぁ? 三島先輩ってタイミングが合えばたいてい誰の告白も受けてくれたから、あたしもって思った。それと同時になんでみんなすぐ別れるんだろうって思ってた。あんな格好いい人と付き合って、別れる意味が分かんないって。…でもね、割とすぐ分かった。三島先輩ね、全然優しくなかったの」 「え?」  りっくんが優しくないなんて、それこそ意味が分からない。 「ムカつくぐらい意外そうな顔するわね。あんたが着てるそのベスト、それ貸してもくれなかったんだから、三島先輩。他の子が彼氏にベスト借りたりしてて羨ましくて、せめて写真撮りたいからって言っても「なに言ってんの?」って言って貸してくれなかった。なのに…」  じろって睨まれて思わず後ずさった。先輩がため息をついてまた唇を噛んだ。 「一緒にいてもね、それなりに相手はしてくれるけど、目に温度がないっていうか、あたしのこと別に好きじゃないんだろうなって分かるわけ。メッセージなんてくれないし、あたしが送ってもなかなか見てもくれないし、返信もほんの一言とかだし。だから付き合ってても逆に淋しくなって、それで別れたの。大抵みんなそう。嫌いになって別れるんじゃないの。好きだから、辛くて別れるの」  先輩が、スンッて鼻を啜った。僕を見つめる大きな瞳が涙で潤んでいる。 「昨日の三島先輩、見たこともない優しい目であんたを見ててびっくりした。三島先輩ってあんな顔するんだって、あんな熱のこもった目をするんだって、たぶんみんなそう思ってた。すっごい格好よかった。でもあたし、あんな顔知りたくなかった」  ずずって鼻を啜って、はぁーってため息をついた先輩が赤い目で僕を見る。 「だってあんな顔見ちゃったから、自分は全然愛されてなかったって再確認させられたもん。ただ近くにいて、片想いしてただけだったんだって。…先輩はたぶん、ずっとずっと、あんたのことが好きだったんでしょ?」  強い目に気圧される。でも僕はその目をまっすぐに見返して、小さく頷いて応えた。 「…そう、言ってくれました…」  さっきから心臓がドクドクいってて、上手く声が出てこない。  心の奥の方から、悪いものがゆっくりと湧き上がってくるのを感じた。 「…口惜(くや)しい。すっごい口惜しいんだけど、なんかもうそれも突き抜けちゃったっていうか…。三島先輩があんたのことすごい大切にしてるって嫌ってほど分かったしね」  ピンク色の唇を歪めた先輩が、ほんの少し低い位置から僕を睨む。  僕は唇を噛んでその視線を受け止めた。噛んでないと口元がにやけてくる。 「ということで愚痴終わりっ。もう声かけたりしないから、あんたもあたしが愚痴ってたこと先輩に言わないでよっ」  分かった?って言われて、はい、って応えた。 「じゃあね。時間取らせて悪かったわね」 「いえ」  僕に背を向けてスタスタと歩いていく先輩の後ろ姿を見送った。里田さんが心配気な顔で、こっちにパタパタと走ってきた。 「高山くん大丈夫? 何言われたの?」 「愚痴…を聞かされただけだよ。大丈夫。ありがとう、里田さん」  眉をへにょっと歪めてる里田さんに笑いかけると、里田さんはホッとしたように口角をキュッと上げた。
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