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ーー空、今日学校どうだった? 嫌なこととかされなかったか?
大学からバイト先への電車に乗ったと思われる時間に、りっくんからメッセージが入った。
りっくんは、僕にはいっぱいメッセージを送ってくれる。
ーーーすっごい見られたけど、それだけだったし大丈夫。
先輩との約束だから、愚痴を聞いたことはりっくんには言わない。
ーーそっか、ほんとごめんな。
謝んなくて全然いい。確かにじろじろ見られるのは気分のいいことじゃないし、どこまで、どんな噂が広がってしまうのか怖い面もある。
でも。
僕の知らなかった優しくないりっくんの話が聞けた。僕といる時は、胸が焼けそうなほど甘く優しいりっくんが、彼女たちには全然優しくなかったなんて聞かされたら黒い優越感で気が遠くなる。
りっくんは、僕にだけ優しい。
甘い毒が頭に回る。
すごく、りっくんに会いたい。
…でも、まだ木曜日…。
スマホを出して、メッセージを送る。りっくんはまだギリギリ勤務時間前だ。
ーーーりっくん、夜、電話してください。声が聞きたいです。
せめて声が聞きたい。
すぐに着信音が鳴った。
ーー23時過ぎても平気?
ーーーうん。勉強しながら待ってる。
ーーOK
わがまま、言っちゃった。
ご飯を食べながら、勉強しながら、ずっとりっくんのことを考えてる。
お風呂で考えるのは危険。…でも考えちゃう。
洗面台の鏡で見た自分の顔がのぼせたみたいに赤くて、恥ずかしくて頭からタオルを被ったまま2階に上がった。
家族旅行から帰ってすぐに買った青いチューブのクリームを薄く顔に塗っていく。
旅行中、母にクリームを塗られて、次の日顔がいつもよりしっとりしてた。
触り心地は、いい方がいいと思う。
りっくんはよく僕の顔を撫でてくれるから。
もっと触りたいって思われたい。
青いチューブを、机の引き出しの、りっくんのハンカチの隣に入れた。
進まない時計をちらちらと見ながら、でも頑張って勉強した。
明日はテスト発表の日だ。そっか、てことは神谷も里田さんも部活休みになるんだ。
…そういえば最近、神谷からのメッセージ減ったな。
まぁいいけど。
やっと23時を過ぎて、まだかな、まだかなって思っていたら着信が鳴った。
ソッコーで緑のアイコンをタッチする。
『空、遅くなってごめんな』
声を聞いただけで、ぶわっと身体が熱くなってくる。
「ううん。りっくんお疲れさま。終わったばっかりだよね、バイト」
『そうそう。今店出たところ。早く声聞きたくてめっちゃ急いで着替えた』
うれしい
「ありがとう、りっくん。声、聞けて嬉しい」
うれしい うれしい
『空、なんか声が弾んでてかわいー』
りっくんこそ、笑いながら喋ってるの声だけで分かる。
せめて声、って思ってたのに、声を聞いたらやっぱり会いたくなっちゃう。
「りっくん、土曜日のお昼、何がいい?」
『何がいいかなぁ。空と食べたら何でも美味いからなぁ』
電話の向こうから駅のアナウンスが聞こえてきた。
電話を切らなきゃりっくんが帰れない。もうこの時間、電車は少なくなってきてる。
でも切りたくない。
『空の好きなものでいいよ。空が何を好きなのか、もっと知りたいから』
胸の奥がきゅうっとなって、言葉に詰まった。
『空…?』
「…うん。わかった…。あの…りっくん…、電車、もう来る?」
『次、あと2分』
2分…
『やっぱ声聞くとさ、会いたくなるな』
「うん」
ガタンガタンって電車の音。
『ごめん、空。電車来た。また明日な、おやすみ』
「お、おやすみなさい…っ」
僕が言い終わるのを待って、りっくんは通話を切った。黒からアイコンの並んだ画面に変わったスマホを唇を噛んで見つめた。
あ
ピロン、ていう着信音と共にメッセージが届いた。
ーーって思ったけど、もうちょっと付き合って、空。
わ わ わ
ーーーうん。
ーーごめんな。これ逃したら20分後なんだよ、電車。
ーーーもう遅いもんね。
うれしい
ーーもっと声聞きたかったけど。つか空、もう寝る時間だったりする?
いつもはそう。でも。
ーーーううん。もうちょっと起きてる。
このウソは、きっと許される。
ーーそっか。寝不足はまた熱中症とか心配だな。でもごめん。相手してほしい。
甘えた感じのメッセージにきゅんとした。
ーーー明日体育ないから平気。
相手してもらってるのは僕の方なのに。
僕がまだ電話切りたくなかったの、たぶんりっくんは気付いてたんだ。
それで、メッセージ送ってくれた。…自分の方がわがまま言ってるみたいにして。
大好き
次会ったら絶対言う。何回でも伝えたい。
大好き 大好き 大好き
でも『大好き』の裏面の、黒い感情は隠しておきたい。
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