66

1/1

753人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ

66

 待ちに待った水曜日の放課後、ホームルームが終わった途端教室を飛び出そうとした僕に、後ろから神谷が「気を付けて帰れよ!」って声をかけてくれた。里田さんもバイバイって手を振ってくれて、僕はどうにかそれらに応えて、駅に向かって急いだ。  相変わらず女子の先輩たちの視線を感じてる。でも、例の黒い優越感がそれを跳ね返してくれていた。  りっくんには知られたくないけど、これのおかげで過ごせてる。  駅の階段をぱたぱたと昇ると、ホームにりっくんが見えた。 「空、ほんとに走ってきたの?」  僕を見つけて駆け寄ってきたりっくんが笑う。 「うんっ、だって…っ」  会いたくて会いたくて会いたい  はぁはぁ言ってる僕の流れる汗を、りっくんがタオルを出して拭いてくれた。  電車に乗ってる間に汗もひいて、駅からは肩を抱かれて歩いた。  周りからどう見えているのか、とか、もうよく分かんない。そのへんの匙加減はりっくんにお任せすることにした。  テストも間近になって、あとは覚えるだけみたいな時期だから、りっくんは僕の隣で自分の勉強をしてる。そしてちらちらと僕の方を見て、テストに出そうな所とかを教えてくれた。 「駅で汗拭いてやった時も思ったんだけどさ、空、ほんっと肌すべすべだよな。何かしてんの?」  指の背で頬を撫でられてドキドキした。  キレイにしててよかった…っ 「あ、あの…、これ、塗ってるだけ…っ」  机の引き出しを少し開けて、青いチューブを指差した。 「あー、1番スタンダードなやつ、って、ん? それ…」  りっくんが引き出しに指をかけて、もう少し開けた。 「これ、あの時の俺のハンカチ。こんなキレイに保管してくれてんの?」  チャック付きポリ袋に入った、りっくんのチェック柄のハンカチ。 「…うん。それ見てね、りっくんと仲良かったのは夢じゃなかったよねって、思ってた」 「空…?」 「だってほら、夢だったかもって思うぐらい接点なくなっちゃってたから…」  突然ぐいっと抱き寄せられた。椅子のキャスターがギッて音を立てた。 「『友達認定』いつ取り消されちゃったんだろうって…思ってた…」 「友達認定?」  僕を抱きしめたまま、りっくんが不思議そうな声で訊いた。 「りっくんって呼んでって言われた時ね、友達だって認めてもらえた気がしたんだ。すごく嬉しかった。それこそりっくんがいた小1から小3の間は、僕にとって夢みたいに楽しい時期だったんだ」 「…そっか…。それで『友達認定』」  大きな手が、ゆっくりと頭を撫でてくれる。 「…うん…」 「あの時の空、上手く『律くん』って言えなくて『りっくん』になったんだよな、確か。でもそれがなんかすげぇ可愛いなぁって思ったのと、空の声でりっくんって呼ばれるのが妙に心地よかったんだよね」  懐かしそうに目を細めたりっくんが、ふふって僕に笑いかけた。 「だから、空以外の誰にも『りっくん』って呼ばせてないんだ。…誰かに聞いた?」 「…うん…」 「俺さ、空が俺のことりっくんって呼ぶの、大好きなんだよね」  そう言って微笑んだりっくんを見つめて唇を噛んだ。  すっごく嬉しい 「空?」 「…りっくん大好き」  抱きしめてくれてるりっくんに身体を擦り寄せながら言う。  すっごく嬉しいのに、素直に喜んでいられない。  だって僕の奥の方から黒いあれがやってくる。 「うん、ありがとう、空。俺も大好きだよ」  嫌いにならないで  僕の裏側を見ないで  僕はりっくんが思ってくれてるほど  真っ白でもキレイでもないから
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

753人が本棚に入れています
本棚に追加