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「そうそう、三島酒店ね、今度コンビニになるんですって」
と、夕食時に母が言った。
「空、あそこのお兄ちゃんにずいぶん可愛がってもらったわよね、小学生の頃」
「あ…うん…」
とくん、と胸が鳴った。
「空の3つ上だから大学生になるのかしら、律くん。この前見かけたけど、また背が伸びてちょっとアンニュイですごく格好よくなってたわー」
そう言って、母はお茶碗を持ったまま少し上を向いて、ほぉ…っとため息をついた。
りっくん家の酒屋さん、コンビニになるのか。
りっくん、お店に立ったりするのかな。しないかな。
最後に喋ったのは、小学5年生の時。りっくんは中2で、小学校と中学校は近くにあったから、登下校の時とか時々会えてた。
その頃はりっくんが僕に声をかけてくれることもあった。
でも、僕が中学生になって、りっくんが高校生になったら、りっくんは小中学校とは反対方向にある駅から電車通学するようになって、あんまり会えなくなった。
それに、道でばったり会っても声をかけてくれなくなった。
たいてい女の子と一緒に歩いてて、僕を見るとふっと目を逸らした。
相手の女の子はいつも、僕が顔を覚える前に違う子に変わった。
そうやって、りっくんは少しずつ変わって、ものすごく格好よくなった。
*
小学校に入学した頃、僕はクラスで1番小さかった。
脚も遅い方だったし、外で遊ぶより本を読んだりする方が好きだった。
でも小学校の2時限目と3時限目の間の長い休み時間は『全員外で遊ぶこと』と決まっていた。
その週は長い休み時間にはケイドロをするって学級会で決まってた。
どっちのチームかはジャンケンで決めて、その日僕は刑事になった。正直ドロボウの方が楽だった。すぐ捕まって、牢屋の中でぼんやりできるから。ただ、チームメイトには嫌な顔をされる。「あいつ、またすぐつかまった」って言われる。
だけど刑事になったら、ずっと走り回らないといけない。僕が追いつけないって知ってるクラスメイトが、からかうようにチラチラ後ろを見ながら逃げていた。
も、やだ つかれた
がんばってはしっても、おいつけない
笑いながら走っていくクラスメイトの背中を追いかけて、ちょっと視線を落とした時だった。
「うわっ」
「あっ」
どん!という衝撃を受けて、僕は思いっきりバランスを崩してしまった。
そしてそのままズサッと前に向けて派手に転んだ。
「うわわわわっ、ごめんごめん、大丈夫か?!」
転んだ僕の肩に触れながら声をかけてくれる誰か。その誰かにゆっくりと身体を起こされた。僕よりずっと大きな手が、服に付いたドロをはたいてくれる。
みぎのひざと、てのひら、いたい
「あー…、すりむいてんな。保健室行こっか。立てる?」
膝丈のズボンから出てる膝小僧は見事に擦りむいて、血が滲んできていた。
いたい、いたい
「いいや。おんぶしてやるから、ほら、乗れ」
向けられた背中。僕の方に振り返って「ほら、早く」と言うお兄さん。
僕は、うんと頷いて、その背中におぶさった。
「よし立つよー。つかまってろよ」
そう言ってお兄さんが立ち上がった。ちょっとぐらっとして、でもすぐ歩き始める。
「ごめんなー。よそ見してた、俺」
ごめん、ごめんって繰り返しながらお兄さんは僕を保健室に連れて行ってくれた。
「せんせー、ケガさせちった、って治療中?」
「そう、ごめんね。ちょっと待ってて」
グラウンド側の入口から中を覗きながらお兄さんが声をかけると、保健の先生が応えた。
「あ、じゃあ俺が洗ってやる。下ろすよ?」
お兄さんがゆっくりしゃがんだから、僕はその背中から下りた。
「じゃ、ちょっとそこで待っててな」と言ったお兄さんは「せんせー、タオル借りるー」と言って、先生が「はーい」って言った。
そしてタオルを手に、お兄さんが僕の前にやってきた。
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