第1話 吸血令嬢とある執事の出会い

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第1話 吸血令嬢とある執事の出会い

『吸血鬼、マーカラ・フォン・ブラッドルージュを退治した者には報奨金500万マエンを支払う』  そんなおふれが出された頃から、マーカラとその従者たちの住む古城は毎日のようにお祭り騒ぎであった。  その城は、とある王国のはずれにひっそりと佇んでおり、石でできた壁一面には何の植物とも知れない蔦が這っている。  古城の女主人、マーカラ・フォン・ブラッドルージュは、紛れもなく吸血鬼である。  ただ、人の血を飲まず、牛や豚など城で飼育している家畜の血を飲んで過ごすようになってもう200年ほど経つのに、人間たちはそれでも彼女の存在を許すことはなかった。  ヴァンパイアハンターたちは朝昼は城壁を登って侵入を試みてはマーカラの従者たちに蹴落とされ、夜に正々堂々とマーカラを退治に来る者は女主人が直々に相手をして蹴散らす。  ただ、マーカラは決して人間を殺さず、遊ぶだけ遊んでから優しく城の外に放り出し、「今日もいい運動をした」と伸びをしながら棺に戻るのであった。  さて、そんなある日のこと。  空が血の色に染まる夕暮れに、古城の扉を叩く者がいた。 「わたくしはレオス・ローズブレイドと申します。ここで働かせてください」  マーカラは棺の中で眠っている真っ最中。  古城で働く従者たちは当然このレオスという男を警戒する。 「この城の噂については、王国の者なら当然知っているはず。どうしてここで働きたいのか、志望動機を聞きたい」  メイド長のアリス・ルミエールは、レオスと面接をすることにした。従者の控え室で、テーブルを挟み、向かい合うように椅子に座ってレオスの言い分を聞くことになったのだ。 「わたくしは人間と一緒に過ごすことに、もう疲れてしまったのでございます。執事として様々な主人に仕えてきましたが、人を人とも思わぬ非道な扱いを受けてまいりました。しかし、こちらのお城の主は従者の扱いもよく、傲慢なヴァンパイアハンターたちにも丁重な扱いをする善き吸血鬼だとお伺いいたしました。そんな方の元で働きとうございます。どうか、わたくしを雇っていただけないでしょうか」  レオスという男は一息にそう言って、はあとため息をこぼす。この男がどれだけ苦労してきたかが伺えるような口調であった。  アリスはそんなレオスを見つめて、じっと長考する。 「メイド長、ひとまず仮採用ということで様子を見てみては?」 「しかし、妙な人間を受け入れてお嬢様の身に危険が及ぶのは避けたい。もしかしたらトロイの木馬かもしれんぞ」  マーカラの父親から娘と古城を託されているメイド長、アリスは慎重に考えたかった。 「どうしたの、アリス? お客様かしら」  しかし、そこへ当の張本人、マーカラが棺から目覚めてやってきたのである。 「これはお嬢様、おはようございます。ここで働きたいという人間がやってきたので就職面接をしていたところでございます」 「あら、私を殺そうとする人間は珍しくないけど、私に仕えようとする人間なんて変わってるわね。いいわよ、採用で」  マーカラのあっさりとした回答に、アリスは目をパチクリさせる。 「しかし……よろしいのですか?」 「仮に私の命を狙っているとしても、そんな簡単には不意打ちされるような私じゃなくってよ」  当然、自分を殺そうと懐に入り込む賊の可能性はマーカラも考えている。その上での余裕であった。 「ありがとうございます、マーカラ様。レオス・ローズブレイド、この身を粉にして働く所存でございます」 「よろしくね、レオス」  マーカラは優雅な微笑みを浮かべて、新しい従者を受け入れた。  その後、夜になるまでに、レオスはこの城での働き方をすっかり覚えて、まるで何年も城で働いていたかのような熟練した執事になった。 「さすが、もともと執事だっただけのことはあるわね」 「恐れ入ります」  レオスは礼節のある丁寧な態度でマーカラに接した。  その視線は、マーカラの首筋や心臓のある場所などをそっとなぞる。 (吸血鬼を殺すなら首をはねるか心臓を突くかだが、なかなか隙を見せないな……)  そう、レオス・ローズブレイドもまた、マーカラの賞金首を狙ったヴァンパイアハンターなのである。  そこへ、「おーい、レオス! なんか伝書鳩が来てるぞ!」と従者の一人が白い鳩を差し出した。  レオスは鳩の足にくくりつけられた手紙を読み、「……そうか」と紙片を畳んでポケットに入れたのであった。 〈続く〉
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