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ずぶ濡れの彼に肩を貸したせいで同じくずぶ濡れになった俺は、一昨年に死んだ白猫のモルを思い出す。
フサフサの毛並みと宝石のように美しい瞳──普段輝石なんてダイヤモンドぐらいしか知らない俺は、柄にもなくその猫の色に魅入られて、必死に調べたのを思い出して自嘲した。
「モルな訳ねぇんだけれどなぁ……」
このまま風邪でも引いて居座られる現実味のある未来を想像した俺は、半ばヤケのように彼の衣服をひっぺ剥がして自分の寝床に葬る。立派なドラムセットが鎮座まします狭いワンルームは男ひとりでも狭く感じるのに、小柄とはいえ同性の同居人が増えるなんてむさ苦し過ぎて正直しんどい。それでも野垂れ死にそうな彼に慈悲をかけてしまったのは、きっとモルが居なくなって寂しそうな部屋の一角のせいだろう。
あの猫がいなくなってから捨てるまでに時間の掛かったキャットタワーとトイレ、未だに使い道が無いまま置き去りにされたキャットフード、壁紙に堂々と残る爪研ぎの跡……。数え出したらキリが無いほど残るモルの残像は、俺を揶揄うようにこちらを見つめる。
「もう食べられないよぉ……」
この期に及んでベタな寝言を吐く彼は、俺の布団を容赦なく抱え込んで気持ちよさそうに巣篭もりすると、「ねぇ……キョーヤ」とニマニマ頰を緩めた。
──キョーヤ?
彼が口にしたその名前は、痛いくらいに覚えがある。生まれた時から連れ添う聞き馴染み深いその単語は、紛れもなく俺の名前だった。
「モル……?」
「うぅん……生クリームは砂糖が多めの方が……」
全く会話になんてならないものの、俺はその寝言で妙な確信を得る。
──コイツはきっと、モルの生まれ変わりなのかもしれない。
猫にしては珍しい甘党のモルは、俺が深夜のノリとテンションで作るスイーツをつまみ食いするのが好きだった。椅子に乗って最大限に背伸びする猫は前足をテーブルに掛け、懸命に小さな舌を伸ばしてつまみ食いをする。特に奴は生クリームが大好きで、ケーキも上に乗った塊をなんの躊躇いもなく舐め回す。
俺は閃いた。
2月14日の土曜日、時刻は0時21分。24時間営業のスーパーへ向かうべく上着を羽織った俺は、バレンタイン商戦で彩られているであろう手作り用品コーナーを目指した。
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