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昨夜の夜更かしで力尽きた俺の耳に、ぺちゃぺちゃと懐かしい音が響く。辺りを窺うように控えめで、それ以上に強欲なその音で目を覚ました俺は、エプロンもつけたまま机に突っ伏して寝落ちしたお陰で痛む身体をさすりながら瞼を開いた。
「あれれ、もう起きちゃったの?」
「何が『もう起きちゃったの?』だ……他人んちのモンを勝手に食べるな」
えーっ……と頰を膨らませて反発する常識がまるで無い彼は拗ねたように口を尖らせると、「キョーヤは素直じゃ無いなぁ」と溜息を零す。
「コレ、モルの為に作ってくれたんでしょ?」
平然と言ってのけた彼の言葉に絶句した俺は、心の何処かで願っていた理想が現実になった事が信じられないまま、手作りケーキの生クリームを指で掬って食べる彼を見つめた。
「……美味しいか?」
何から彼に伝えて、何処から話を広げればいいのだろう──?ごちゃごちゃになった頭の中を整理しきれないまま口を開けば、出てきた言葉はビックリするほどお粗末な質問だった。
「うん美味しい。モルが居なくなってから、随分と腕を上げたね」
輝くモルダバイトの輝石を片方だけ閉じて屈託無く笑った彼は、考え込むように右手を顎に添えた俺に「ありがとう」と言葉を投げる。
──『薔薇は赤い 菫は青い 砂糖は甘い そして君も』
今すぐにでも食べてしまいたいほど愛らしい彼の笑顔が俺の瞳孔に焼き付いた時、昔読んだマザーグースの常套句が頭の中をこれでもかと支配した。
─fin─
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