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蒼 side
記憶にあるのは小学生の頃。
あの頃はまだ両親も政略結婚の割には仲が良く、家庭もそれなりに円満だった。
それが少しずつ本当に少しずつ足元が崩れていく様にバラバラになったのは俺が中学に入学したばかりの時。
両親はお互いにパートナーをつくり、先代からあるこの家には寄り付かなくなった。
中学1年にしてぼっち確定。
昔からベッタリとした親子関係でもなかったが、こうなってみて2人共俺に全く興味がなかったんだと実感した。
まぁ、小学生の時から最低限の関わりしかなかったし今更独りになったからと言って何も、何も感じない。
ここには俺だけじゃなく、働いていて面倒を見てくれる大人が何人もいるから食事や生活に関して困る事もない。
そう、別に何も困らない。
だから1人で何も問題ないんだ、そう思ってた。
中学に入って、身長も容貌も変化してきた。
150cmしかなかった身長が170cmまで伸び、可愛いね、と言われていた容姿も周りが持て囃すほどのイケメンになった。
家庭不和でもお金には全く困らないし、勉強は学校の授業を聞いてるだけでわかった。運動も完璧。
ほら、俺は何でも持ってる。
周りがどんなに家族の話をしても参観日に俺の家だけ親が来なくても友達はたくさんいる。
あれは中学2年の5月だったか?朝なかなか起きれなくて2時間目が始まる頃に登校した。
欠伸をしながら校舎に入ろうと学校で一番大きな木の横を通ったらちょこんと座る小さな姿が目に入った。
いつもなら気にしないで通り過ぎるのに、何となく気になって静かに後ろに座って様子を伺った。
「ねぇ、何してるの?」
突然声をかけられてびっくりした彼は俺を見てまた二度びっくりしていた。
「あ、えっとムクドリの雛が巣から落ちたから見守ってるの」
同じ教室で見たことのあるクラスメイトだけど、普通過ぎて思い出せない、いつも教室の端で地味目なクラスメイト何人かで話してる姿は見かけたことあるような?
「なんで助けないの?巣から落ちたら怪我してるんじゃない?」
その落ちた雛がなんとなく自分に思えて、助けないこいつの事が少しむかついた。
なんで何もせずにじっとして見ているだけなんだ。
「巣から落ちた雛をね、親鳥は必ずどこかで見て観察してるんだって、もし僕が助けちゃったらこの雛は元に戻れなくなるんだって」
「でも親鳥が助けるって保証なんてないだろ」
俺と同じ、きっと放ったらかしだ。
「大丈夫だよ、きっと親鳥が助けに来る、僕ならそうするから見守るよ」
「あ…」
言葉を繋ごうと声を出したが、喉につかえて出てこない。
「早く行かないと2時間目間に合わなくなるよ、新城寺君」
「え?俺の名前知ってるの?」
「だって君は有名人だもん、知らないはずないでしょ?」
「あー、君クラスメイトだよね?」
「うん、僕の名前なんて知らなくていいよ、どうせすぐ忘れちゃうと思うから、新城寺くんとなんて一生接点ないだろうし」
そう言って小さく笑った。
どこにでもいる地味な顔、なのにどうしても気になってその小さく笑った顔を暫く眺めていた。
声を出さず静かに見守っていると、どこからか親鳥が飛んできて雛の世話をし出した。
あー、俺にないものをこの雛は持ってるんだな、そう思いながら前にいたクラスメイトの後ろ姿を眺めていた。
”僕ならそうする…”
その言葉が教室に戻ってからも耳にこだましていた。
クラスの隅の地味な集団の1人、鈴木太一をこっそり見つめながら、どうにかしてあいつを手にいれたくて仕方がなくなっていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
授業が終わり体育館から教室に帰ろうと取り巻き達と歩いていると、小さい身体でバスケットボールを片付けている冴えない鈴木が目に入った。
あれから何かと目についてさりげなく眺めては鈴木の行動を把握した。
自分でもわからない衝動だから自制するのが難しい。
取り巻き達と別れ体育館裏の倉庫に入っていく鈴木を追いかけて声をかけた。
「今朝ぶりだね、鈴木太一君」
倉庫の入り口に寄りかかり腕を組んでその名を呼んだ。
会った時と同じ様にビクッと驚いてからこっちを見た。
「新城寺君、な、何?」
「名前教えてくれないから周りに聞きまくったよ、俺、最初から教えてくれたら良かったのに」
「ご、ごめん、で何か用?」
バスケットボールの入ったカゴを元あった場所に直し、モップ片手に体育館を掃除し始めた。
「そーだなぁ、じゃあなんで俺が声かけたら驚くの?」
「えっ?」
「ほらまた驚いてんじゃん」
「き、君みたいなキラキラした人と話したことなんてないし、声を掛けられたこともないんだ、びっくりするでしょ?」
ハムスターみたいな男だ。
ずっとビクビクしてちょこまかと動いてはまたビクビクする。
「じゃあこれから話そうよ、いっぱい」
ね?とモップを取り上げ肩に手を回した。
「これからずっとね」
今までにないワクワク感が胸に湧いて来てこの小さく地味な男を俺は手離せなくなるだろうとその時実感した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
昼休みになり、購買に行く奴等に買い物を頼み残った取り巻きと話をしながら鈴木を盗み見していた。
いつ見ても冴えない容貌の鈴木は鞄から少し大きめの弁当箱とポットを机の上に置いた。
最初に卵焼きを取り出して大きな口を開けて食べ出した。
なんか美味そう。
そう思ったら足が勝手に鈴木の席に向かってた。
「なぁ、それ美味そうだね」
前の席の椅子の背に腕を乗せ、鈴木に向かって座った俺は弁当の中を覗いてから顔を見た。
顔を見てまたビクッとなっている鈴木は食べた卵焼きを喉に詰まらせ咳き込んでいる。
「あ〜あ、大丈夫?」
「う、うん」
「それ食べたいな〜」
卵焼きを指して口を開ける。
「こ、これ?食べたいの?」
「そう、食べさせて」
そう言ったら鈴木は弁当を持ち上げて”どうぞ”と言ったので、ずっと口を開け続けていると、諦めたのか、ため息をついて俺の口に卵焼きをポイと放り込んだ。
「へぇ〜甘い卵焼きだ、お母さん料理上手だね、美味しい」
「あ、えっとそれ僕が作ったの、うち親いない」
「そうなんだ、鈴木料理上手いじゃん、いいな〜」
親がいない、それは俺と同じか?
それとも…
「良かったら食べる?」
箸と弁当を差し出して少し困った顔で笑った。
「そんなに見られたら食べれないよ、僕はいいから食べて」
胸がキュとなる。
なんだよ、これ。
「いいの?本当に?」
「うん、いいよ、僕が作ったの美味しいって言ってくれる人なら」
少しはにかんで俺にそう言った。
中は普通の弁当。
だけど何だろう俺にはその普通の弁当が美味しく感じられたんだ。
「なぁ、弁当俺にも毎日作ってくれない?」
「えっ?な、なんで?」
「あ〜ってか作れ、俺の為に」
ちゃんとお願いしようと思ったのに、口から出た言葉はとっても偉そうだった。
自分でもどうかと思ったが、鈴木は怖がっているのか暫くずっと下を向いて黙っていた。
「ついでにお前の分の弁当代と手間賃もだすし」
それが決め手になったのか、そう言った途端、鈴木の顔が満面の笑顔になった。
「ほ、本当にいいの?」
「おう、いいよ、その代わりもう一つ条件」
「な、何かな?難しい事は無理だよ?」
「簡単簡単、俺を電話で起こして、で迎えにこいよ」
「え?それだけでいいの?」
「さっき知ったけどお前ん家って俺の家の近くを通って学校だろ?ついでじゃん、な?」
「うん、僕も助かる!因みに手間賃って?」
鈴木の耳に手を添えて金額を囁く。
ついでに弁当箱とリュクも新調してやる、と言うと大喜び。
そんな話をしてる間に俺は弁当を食べ終わり、買ってきてもらった購買のパンを鈴木に渡し、お互いにL◯NEを交換してそれ以降卒業するまで”鈴木の弁当”を俺は食べ続けた。
暫くして鈍臭い鈴木が転んでその日の弁当を台無しにしたので、次の日から転ばないよう手を繋ぐ罰を貸したら、めちゃくちゃ嫌がってたけど、手間賃抜くぞと言ったら渋々手を握り返してきた。
俺にしてはいい提案だったよな、あいつほんとに鈍臭いんだから。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ホームルームで担任から配られたのは進路調査票。
それを眺めながら横目で鈴木を見ると迷いもなく書き込んでる姿が見えた。
高校なんて別にどこでもいい、大学受験で結果を出せば良いだけなので、あいつと一緒の所に行くのも悪くないか、と考えていた。
帰り道、どこに行くんだ?と問いかけると
「まだ悩んでるんだ」
と答えが返ってきた、でもお前学校の名前書き込んでいたじゃないか?
そう聞こうとしたが、その時はまだ言いたくないんだな、なんて軽く考えていたら、それ以降もはぐらかされてばかりで、言うつもりがないんだと諦めた。
そうこうしているうちに最終の進路指導で受験校を決めなきゃいけなくなったので、問いただしたら公立の下から数えた方が早い高校に行くと言ったけど、なんか怪しい。
あいつは嘘をつくと頬を指で掻く癖があるので、怪しいと言うより、嘘だとバレバレだ。
なので、たまに連んでる地味グループの1人を呼び出し買収をして鈴木の進路先を聞き出した。
公立じゃなく、私立、しかもなかなかの難関高を受験する事がわかり、腑が煮えくり帰る程の怒りを覚えた。
鈴木のくせに俺に嘘をつくだなんて、許せない。
しかも特待生を希望しているらしいので、学校から帰ると机にへばりついて勉強している、とそいつは言っていた。
ならこっちも黙ったまま受験してやる!
あいつ俺がそこまで勉強ができないとでも思っているのか?
馬鹿だろ?
高校で顔を合わせた時のあいつの顔を思い出して1人ほくそ笑んでいた。
なぁ、お前はこれからも俺の下僕で奴隷なんだよ、鈴木。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
二学期の終業式を終え、受験一色になったクリスマスイブの日、冬休みなので鈴木の弁当もなく、取り巻き達の誘いも断ったので何もする事がない。
クリスマスになろーが、正月になろーが、親からは何の連絡もない、毎年の事なので思う所などないが、今年は何となく鈴木の事を考える時間が増えていた。
あいつどんなクリスマスイブを過ごしているんだろう、とか必死になって勉強しているんだろうか?とか。
そんな事を考えているだけで、少し暖かい気持ちになれた。
親がいなくても家には執事長の前川がいるので、毎年ささやかなクリスマスケーキを用意していてくれる。
いつも食べないので、子供のいるメイド達に持たせて早く帰らせるんだけど。
彼女達の子供は俺みたいに不幸じゃないといいな、と思いながらいつも見送って、1人部屋で過ごすばかりだ。
今年もいつもと変わりないイブだな、とベットの上でぼんやりしているとノックをして前川が部屋に入って来た。
「坊ちゃん、鈴木様がいらしてます」
ガバッと起き上がり玄関に向かう。
え?なんで?
あいつがなんで俺ん家に?
登下校と弁当食べる時だけしかいつも一緒にいたがらないのに…
自分の気持ちが少し浮き足だってる。
「あ、新城寺君」
「どうした?」
「あ、えっと手間賃のお礼にと思って、クリスマスイブなんでこれ作って来たの、誰かと一緒だと思うけど、良かったらその人と食べて」
そう言って紙袋を広げて一つづつ包装してあるマフィンを差し出した。
やばい、この俺が泣きそうだ。
「新城寺君?大丈夫?体調悪いとか?」
「大丈夫、鈴木は誰かと過ごすのか?」
思わずポロッと言ってしまい、鈴木がポカンとした顔をしている。
「え?僕は1人だよ?新城氏君みたいにモテないもん。わかってるのに言わないでよ」
差し出した紙袋を受け取り、あいつの腕を咄嗟に掴んだ。
「なら一緒に食事とかどう?」
「え?」
「その後お前のこれ一緒に食べようぜ」
マフィンを取り出して話を続けた。
「メ、メイドが作りすぎたって言ってたからさ」
あと何言えばこいつは”うん”って言う?
自分から引き留める、なんて初めてで次の言葉に詰まる。
「よろしければ坊ちゃんとご一緒して下さいませんか?」
前川の声が後ろから聞こえた、そこにメイドも駆けつけて
「たくさんありますよ、よろしければ是非とも」
2人共ナイス援護!
少し強く握る俺の手を鈴木が眺めてから俺を見て
「じゃあ少しだけ。僕も1人寂しくチキンでも作って食べようと思ってたから、それならお邪魔しようかな?」
帽子とマフラーを取りにっこり笑った。
胸の奥が締め付けられる。
綺麗でも可愛いでもない、普通の、その辺にいる普通の男なのになんでこんなにこいつに惹きつけられるんだろう。
「坊ちゃん」
後ろから声をかけられてハッと我に返る。
「クリスマスイブに俺といられる喜びを噛みしめろよな」
素直になれない精一杯の虚勢が表に出てくる。
それを見た鈴木が深いため息をついて
「素直じゃないんだから」と言った。
チキンやポトフなんかを2人で食べ、クリスマスケーキ、もとい鈴木のマフィンをメイドが生クリームと果物でデコレーションしたものをロウソクを立ててイブをお祝いした。
生まれてきて初めて楽しいクリスマスを過ごした俺はこの時初めて鈴木に対する気持ちが恋愛対象としての好きになりつつあるのを感じていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
年が明け、高校入試も終えて後は合格発表を迎えたある日の昼休み、屋上は寒いのでそこに上がる階段で弁当を広げた鈴木が俺を見てこう言った。
「もう少しだね、こうして2人でお弁当食べるの、聞いてなかったけど、新城寺くんはどこ受けたの?」
実は鈴木が受ける高校は祖父が土地を貸している関係で理事長は知り合いなので、頼み込んで別室で試験を受けさせてもらえた。
だからこいつは俺が同じ高校を受けた事を知らない。
ウケるな、高校行ってもお前は俺の弁当も作るし、迎えにも来ないといけない。
試験はちゃんと受けたし、ほとんど満点近い点数で合格しているはずだ。
知らぬは本人ばかりなり、ってね。
こいつの合格も教えてもらってる身としては面白くてしょうがない。
本人は離れられるって思っているだろうけど、そんな事は無理に近いしね。
「俺の高校なんて知りたくもないくせに、いいよ、別に、お前はどう?受かりそう?」
「たぶん、大丈夫かも。通知来ないとわかんないけどね…」
「離れられて嬉しいんだろ、お前」
「え?いや、そんな事ない、寂しいよ?」
こいつは本当に寂しいと思ってくれているのだろうか?
誰からも必要とされた事のない俺からすれば、結局誰も俺のことを愛してくれるやつなんていない、こいつを見てもそれは明らかだ。
初めて自分から欲しいと思ったものも手に入らないなんて、俺は何のために生まれてきたんだろう、そればかり考える。
「寂しい、ね…」
「うん、お互い高校変わっても頑張ろうね」
逃げられないよ、お前は俺の執着から…
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
お互い合格通知が来て、卒業式も滞りなく過ぎた。
制服の採寸や健康診断のあれやこれやを終えてとうとう入学式の日がやって来た。
あいつ、俺を見てどんな顔するんだろう?
そう思うとワクワクしたり、久しぶりに会える喜びもあり、多少緊張をしたりもした。
高校に行くには俺の家の前を通らないといけない。
なら窓から覗いていれば必ずここを通るはず。
身長がここに来て10cmも伸びていたので制服を採寸した時は自分でもびっくりした。
どう思う?
やっぱ嫌がる?
少しは嬉しいと思ってくれるんだろうか?
なんて考えていると家の前をあいつが通ったので、急いで下に降りてスニーカーを履いていると前川が
「鈴木様とまたご一緒できますね」
いつもは能面の顔が少し柔らかくなった様に感じた。
「うん、行ってくる」
俺にも喜んでくれる人がここにも居る、そう思うとこれから鈴木に会う緊張も少し解れた気がした。
「行ってらっしゃいませ」
今までは行ってらっしゃいの言葉も何気なく聞き流していたけど、嬉しいもんだな。
これが親ならもっと嬉しいのだろうか?
早足で鈴木の後ろを追いかけ、校門の前で立ち止まった所で声をかけた。
「よぉ鈴木、久しぶりだな。」
一瞬ビクッと身体が動いて少しの間動かなくなった鈴木に俺は問いかけた。
「何?無視する?いい度胸じゃねぇか。」
ほら、やっぱり寂しいなんて思っていなかった。
落胆してる?
この俺が?
「俺から逃げられるとでも思っていたんだ、傑作」
悪いな、鈴木やっぱり離してやれないわ。
俺にとってはお前は特別なんだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
中学と同じルーティーンが始まった。
鈴木のモーニングコールで起き、迎えに来た鈴木と手を繋ぎ学校へ向かう。
「お前、学校終わってからの予定は?」
「今日?今日は久しぶりに悠君が帰ってくるから、いっぱいご飯作って待っとこうかな、と思ってるけど…」
「俺には?」
「え?」
「俺にも作れ、作って家にもってこい」
「で…でも悠君と一緒にご飯…」
悠君、悠君って、叔父さんの事友達みたいに、なんだよ、俺より大事なのかよ。
「命令」
ムカつく、お前は俺だけに従っていればいいんだ。
その後、なんだかんだと屁理屈をこねるからなんとか言いくるめた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「すごく素敵なキッチンだね、羨ましいなぁ。こんな所でご飯作ってみたい」
たぶんこんな反応されると思っていた。
結局あれから悠君がいない日は食事を持って来させることに成功した。
「毎日作りに来ても良いぞ、お前も食べていけば食費浮くんじゃないか?」
後ろから抱き込んで耳元で囁やく。
「え?」
「どうせ”悠君?”殆ど家に帰って来ないんだろ?なら食材冷蔵庫に用意させとくから、作りに来い。」
そのつもりで部屋を大きくしてリフォームさせた。
俺の近くで料理している鈴木を見たい、ただそれだけで造らせた、実現するかもわからないのに。
どうせ親の金だ、使ったって気付きもしないだろう。
「いいの?悠君いない時だけだけど、いいのかな?」
「俺はずっとでも良いけど、お前が好きな時に来ると良いよ」
「ありがとう、食費浮くから嬉しい、こんな素敵なキッチンも使えるし僕幸せ」
「じゃあお礼してくれ、いつものやつ、ほらこっち向け」
クルっとひっくり返し腰を抱き寄せる。
「ありがとう」
鈴木が、背伸びをして頬にキスをした。
ちょっと前に小さな嘘をついて頬にキスをせがんだら、渋々了解してくれて何かあるたびに”お礼”と証してさせている。
いつもし終わった後鈴木は顔を赤めて下を向く。
その仕草が可愛くてギュッと抱きしめた。
「良くできました」
抱きしめるとちょうど顎の下に頭がくるので気付かれないようにキスをした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
悠君、もとい鈴木の叔父さんが警察官だとは聞いていた。
しかもかなり忙しい部署にいるらしく、なかなか家に戻ってこないことも。
それを聞いてからどうにかして悠君がいない間は俺ん家で泊まれないか前川と相談していた。
すると何故かすんなり許可が降りました、と言ってきたので少し驚く。
前川と鈴木の叔父さんは多少知り合いだったみたいで、新城寺家ならと了承を得た。
俺は心の中でガッツポーズをして鈴木を迎えた。
同居する上で俺が鈴木に強制したのは2つ。
1つ、風呂は一緒に入る事。
言い訳として、下僕は主人を日々綺麗にするのが役目だろ、と。
そして下僕を綺麗にするのは俺の役目って事で風呂では洗い合いする事とした。
かなり強引な言い訳だったが、当の本人は流されやすいので、押し切れると踏んでいた。
俺にとっては鈴木の可愛い痩せっぽっちの身体を舐め回せるいい時間でご馳走だ。
で、2つ目は一緒のベットで寝ること。
これも俺の欲でしかない、その為にデカいベットまで買い替えた、別に邪な気持ち…も多少はあるが、鈴木に添い寝してもらいたい、その気持ちの方が大きかった。
幼い頃は真っ暗な部屋で1人眠りに落ちるまで怖くて怖くてたまらなくて、いつだったか、たまに帰ってくる母親に寝るまで側にいて欲しいと言ったら大きなため息をついて断られたのをおぼえている。
最近まで自覚はしていなかったが、鈴木と関わってから俺はとても寂しがり屋になった様だ、それもあいつのせいなので、責任は取ってもらわないと。
ってことで、最近の俺は朝までぐっすり眠れて超快適な朝を迎えている。
「あ、蒼君、僕朝ごはんの用意とお弁当作らなきゃ」
目が覚めて正面から抱きしめていた鈴木がモゴモゴしだした。
なんだよ、もうちょっとゆっくりこの暖かさを味わっていたいのに…
「昨日のうちに朝ごはんと弁当は前川に頼んであるから大丈夫、もうちょい寝る」
とこんな朝の始まりが続く。
起きあがろうとしたから鈴木の手を引いて腕の中にしまい込んだ。
もう目は覚めていたがこいつがどんな反応するのか感じていたくて薄目を開けて見ていた。
「綺麗だなぁ」
鈴木がそう言って俺の頬に手を当てた瞬間、その手のひらごと握りしめて目を開けた。
「へぇ、お前俺の顔好きなんだ?」
びっくりした鈴木は顔を真っ赤にして下を向いた。
「えっ?あっ?う、うん、好き」
「もう一回言って」
「え?綺麗だなぁ?」
「違う、その後のやつ」
「好き?」
「もっと」
「好き」
鈴木は急に恥ずかしくなったらしく布団に潜り込んだ。
そのまま俺のこと”好き”って言わせてやろうか…
「俺が好き?」
「え?あっ?」
顎を手で掴んで顔を近づけた。
「答えろ」
好きって言え、そう言ったつもりで鈴木をみる。
目を逸らして暫く黙ったままでいる。
落とすのはじっくり時間をかけてと決めているが、なんだかもどかしい。
「ま、そのうちにって事でいいや、起きるか」
布団を跳ね除けて起き上がり、鈴木に手を差し出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
小学校に入ってすぐ、昔からあまり顔を合わせたことのない父親がバスケットゴールを買ってきて庭の隅に置いた。
”学生の時、県大会に出たんだぞ”そう言ってその日は休みだったのか、休みを取ったのか、1日俺にバスケを教えてくれた。
父親とこんなに一緒にいたのは初めての事で、俺は夢中になってゴールにボールを入れて父親に喜んでもらうことばかり考えていた。
嬉しい、楽しい、少しでも一緒にこうして遊んでいたい。
その日の夕方近く、母親が帰ってきてすぐに2人で喧嘩になった。
そんな時ちょうど前川が手に紙袋を持ってやってきた。
前川はまだ学生で俺の家庭教師をしていたが、その頃から、こんなことは頻繁にあって、その日もたまたま覗きに来た前川に保護されて部屋に連れて行かれた。
前川に”今日は家庭教師の日じゃないよ?”と言ったら”今日は蒼君のお誕生日でしょ?”って紙袋を手渡されたんだ…。
母親は俺の誕生日を祝うわけじゃなく、取引先の大事なパーティーに夫婦同伴で出席する筈だったのをキャンセルされて怒って家に帰ってきただけだった。
父親もきっと、母親とのパーティーが嫌で、俺の誕生日をだしにしただけだった、と今なら思えるが、その当時はその思い出だけが父親との楽しい時間だったので、それをずっと引きずって中学生の頃、バスケをしていたら、もしかして父親から声をかけてもらえるかもしれない、なんて思ってバスケ部に入部したんだ。
たまに家に帰ってきた父親に見せつけるようにバスケをしていても、無視をされた。
それから段々バスケをするのが苦痛になり、辞めようと思っていたが、いつだったか鈴木が
「新城寺君はバスケが上手だね、なんだかゴールに入れる姿、凄く綺麗だよ、それに楽しそうだよね」
と弁当の卵焼きを食べながらそう言った。
そう、バスケは楽しいし好きだ、でも俺の動機は父親の気が引きたいからで、周りの皆んなみたいな目標なんてなかった。
だから自分ではこんな不純な動機で、バスケをするなんてみんなに対して申し訳がないと思っていたんだ。
でも鈴木に”楽しそう”と言われて、あ〜、俺って楽しくバスケができていたんだ、ちゃんと楽しめていたんだな、って。
そこから、受験で部活を辞めるまでは必死でバスケに打ち込んだ、そしたら県大会のベスト8まで行ったので、周りの皆んなも泣いて喜んでいた。
あれで俺のバスケ人生は悔いもなく、家でたまにバスケするくらいでちょうどいいな、と思っていたが、鈴木と同じ高校は、たまたまバスケでも強豪校だったので、監督が中学の俺の事も知っていたようで、かなり強引に部活に引っ張り込まれた。
(仮)だけど…その交換条件で、鈴木を(仮)マネージャーにすることを条件に助っ人的な扱いでいいならと入部することになった。
暫くして、対外試合があった。
少し遠い場所にあるそこに交代要員のおれは参加する事になり、マネージャー(仮)の鈴木も強制参加。
電車に揺られて移動しているが、何かのイベントでもあるのか、人が結構多く、チビの鈴木は人の波に飲まれそうになっている。
「お前そんなとこに居たら押し潰されるぞ、こっち来い」
腕を引っ張ってドアに押し付け、鈴木を囲い込んだ。
本当にチビだな、俺からは鈴木のつむじしかみえない。
ふと顔を上げた鈴木は困ったように俺の胸を掴み
「ありがとう…」
と呟いた。
「素直じゃん」
「僕はいつも素直だよ、蒼君が意地悪するから素直じゃなくなるだけで…」
ぷっと頬を膨らませた鈴木。
その顔反則だろ?
キスしたくなるじゃん…胸のモヤモヤを抑え込み片手で鈴木の髪を掻き回した。
「俺はいつも優しいぞ?お前が気づいてないだけで」
俺の行動はお前中心で動いてる、前川やメイド達には俺がどれだけ変わったのか、絶対バレてる。
それくらい俺はお前に対してだけは優しくなったんだ。
「わかりにくい…です…」
鈴木がグリグリ額を押し付けてくる。頭のつむじが見えるたびに愛おしさが押し寄せてくる。
どうしようもないやるせなさでため息をつき、鈴木の頭をポンポンと軽く叩いた。
「了解、もうちょい”わかりやすく”するな」
言いながら、この俺がわかりやすく、なんて出来るんだろうか?と考える。
今まで、誰にも優しさや愛情を見せたことなんて、たぶんない。
親に与えてもらったことのない俺がそういったものを与えられるのだろうか?
でも…
「……かも…」
「ん?」
鈴木が何かを呟いた。
電車の走る音と車内の喧騒に紛れてその言葉が聞き取れない。
お前、早く俺を好きになれよ、俺はもうとっくにお前しか見ていないんだから。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おはよ…」
荒い息の音で目が覚めたら横で鈴木が真っ赤な顔しておはようの挨拶をしてきた。
あまりにもいつもと違うので、額に手を当てたら
「何、お前熱あんじゃん?」
「…ん、そうかも?ちょっと身体だるい…」
「ちょっと待ってろ」
ベットから降りてすぐ前川にメールを送った俺はリビングの棚からひえ◯たシートと体温計を取り出し鈴木の額にそれを貼る。
ノックされたドアを開けて前川に頼んだペットボトルの水を鈴木のところまで持って行った。
「とりあえず水飲んで」
ベットに乗り上げ、背後から抱き締める形で起き上がらせ、ペットボトルに突っ込んだストローを差し出した。
「ついでに熱も測っておこう」
そう言って脇の下に体温計を押し当てた。
熱で身体が熱く力が入らないようで俺に倒れ込むように背を預けている。
「38℃、結構高いな、今日は学校休むぞ」
うん、と頷いたのは熱のせいなのか後ろに居る俺にさっきよりももたれかかってきた。
少しだけでもお腹に何か入れさせないと薬を飲ませられない、前川にもう一度メールして粥を持って来させた。
「薬飲まなきゃだから少しだけでも食っとけ」
ゆっくり時間をかけて粥と口元を往復させ、もういらないと顔を背けたので、盆の上に置いてあった薬を取り出し鈴木の口に押し込んだ。
「俺も一緒に休むから、お前は心配せずにゆっくり寝とけ」
熱のせいか目を細めて鈴木は微かに頷く。
ぐったりとしたその姿を眺めながら汗を拭いたり水分を摂らせたり、パジャマを着替えさせたりしていた。
時折うなされながら”母さん…”とうわ言で唱えていたが、暫くすると落ち着いて来たようで、顔色も少し変わってきていった。
「あり…がとう…」
また寝言を呟いたのかと鈴木を見ると微笑みながら涙を流しまたうつらうつらとしだした。
親指でそれを拭い取って頭を撫でる。
朦朧としながら、何を想い、考えているんだろう、俺の事も少しは思ってくれているのだろうか?
早く俺を好きになれ、そう心の中で呟いた。
「大丈夫、何も考えずお前は俺に甘えてろ」
汗で濡れた髪を何度も何度も撫で続けた。
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