ノート

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 志崎くんが学校に来たのは、ぼくがプリントを持っていった日から土日を挟んで次の週だった。  二番乗りで教室に入ってきた志崎くんは、まっすぐにぼくの机の前までやってくる。そして「プリントありがとう」とだけ言って、自分の机に向かった。  実のところ、ぼくは志崎くんのことが嫌いじゃない。プリントを持っていくのは面倒だし、志崎くんのお母さんは怖いけれど、志崎くんは悪い人ではないからだ。  朝の澄んだ空気が満ちる教室は静かで寒い。  ぼくは済ませた宿題と、日記帳をまとめて教卓の上に置いた。席に戻るときに志崎くんが寄ってきて「ノート写させて」と言った。  ぼくは心をむずむずさせながら、国語と算数と理科と社会のノートを渡す。3日分だ。すると志崎くんは、黒板の時間割を見て「一時間目の算数だけ貸してよ。終わったら、次の借りにくるから」と3つのノートを突き返してきた。  頼られたことが嬉しくて浮かれていたことを遅れて自覚し、途端に恥ずかしくなった。顔が熱くなって、着ていた上着を脱ぐ。  志崎くんは席に戻って、ノートを写し始めていた。  ぼくは昨日の昼休みに図書館で借りた本を開く。なんだか先ほどの熱さが頬に残っていて、あまり頭に入って来なかった。  志崎くんは黙々とノートを写していた。  そのうち、クラスメイトが次々と投稿してくる。  何人かは、ノートを写している志崎くんの元に駆け寄っていた。 「志崎、今日は来れたんだ」「うん。満島にノート借りて、写してる」「へえ、頑張れよ」「うん」  急にぼくの名前が出てきて、どきりとした。一瞬、二人分の視線がこちらに向かってきて、思わずぼくは小声で読んでいる本を音読した。  朝の会が始まるギリギリまで、志崎くんはぼくのノートを写していた。朝の会が終わると、志崎くんは担任の先生に呼ばれて廊下に行ってしまった。  もうすぐ一時間目が始まるのに、ぼくの手元にノートがない。志崎くんは全然帰ってこなかった。  ぼくのノートは、志崎くんの机に乗ったままだ。このままこっそり取り返してもいいのだろうか。そうしたら、志崎くんは申し訳ない気持ちになってしまうかもしれない。  しかしノートがなければ板書ができない。ほかのノートの後ろのページを破ろうと思ったが、それを誰かに見られて「どうして?」と聞かれれば、ぼくはその理由を上手に話せる気がしなかった。  そうこうしているうちに、一時間目のチャイムが鳴る。先生も志崎くんも、まだ帰ってきていなかった。日直の子が「呼んでくる?」と云うと周りが「待っておこうよ」と制する。  教室中が騒めき出したところでようやく、先生と志崎くんが帰ってきた。  志崎くんは走って自分の席に戻り、ぼくのノートを持って、ぼくのところへ持ってくる。  「ありがとう!」と先生にも聞こえる大きな声で返され、またぼくの頬は熱くなった。  先生は志崎くんが席に戻るのを黙って見ていた。  志崎くんが座ると「遅れてすみません」と前置きし、普段通りに授業を始めた。
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