約束

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約束

 学校を出てすぐにある下り坂を並んで歩く。普段は学校の喧騒から逃げるように小走りですぎる道を、いちだんとゆっくり歩いた。志崎くんはぼくの歩幅に合わせて、隣を歩いている。  こんなときどんな話をするのが正解なのだろうか。教科書に書いていないことを恨めしく思う。教科書に書いてあったなら、人と下校するのもきっと今日が初めてではなかったはずだ。  ぼくと志崎くんは坂を降りきったら別に方向に進まなくてはならない。それはなんだか惜しかった。 「満島は、クラスメイトのことあまり好きではないの」  突然、志崎くんが言った。足を止めてぼくを見ている。  ぼくはすぐには答えることができなかった。  クラスメイトは決してぼくに意地悪をしない。漫画やテレビで見るようないわゆる「いじめ」というやつを受けた覚えはなかった。それはきっと、ぼくが鈍感だからというわけではない。  だけども、ぼくは、いつだって孤独を感じていた。  鬼ごっこにぼくはいないほうが良かったし、体育で二人組を作ると身長順でも溢れてしまう。教科書を忘れてもぼくと席を隣り合わせる子は居なくて、ぼくを名前で呼ぶ人もいなかった。  でもぼくが消しゴムを落としたら、きっと誰かが拾ってくれる。転んだら手を差し出してくれて、足が遅いぼくの悪口を言ったりは、きっとしない。  ぼくは、ぼくのせいで、かぎりなく透明だ。  だから、志崎くんが学校を休んだ日に与えられるプリント配達は、数少ないぼくの色でもあった。  それを志崎くんに言おうとは思えないけれど。  黙りこくってしまっていたことに気付いて、ぼくは慌てて顔を上げる。とっくに坂の一番下に来てしまっていた。  志崎くんは立ち止まって、靴を脱いで逆さまにする。ぱらりと砂と石が転げ落ちた。潰れたかかとの部分に指を差し込んで開くと、また砂と石が転げ落ちる。 「この坂、砂が入るんだよな」  不思議そうに呟くから、ぼくは「かかとを踏んでいるからだよ」と教えてあげた。志崎くんは「そっか」と呟いて、またスリッパみたいに靴を履く。 「満島、このあと暇?」  ぼくはまた、すぐに答えられなかった。  放課後はおやつを食べて宿題をするのが決まりで、それは用事とも言えるし、暇とも言える。    すると志崎くんが「別に用事があるなら」と言い出したので、ぼくは慌てて言葉を遮った。 「暇! 暇だよ、本当に」  言葉を遮られて不愉快では無かっただろうか。  おそるおそる志崎くんの顔色を伺うと、志崎くんは不機嫌そうでも嬉しそうでもなく、淡々と「じゃあ公園に行こう」と言った。 「公園に公衆電話、あるかな」 「あった気がする」  その日ぼくは、はじめてランドセルの中にお母さんが入れておいてくれた十円玉を使ったのだった。
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