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ことをはっきり理解できたわけではないし、何人か同時に選ばなければならないといわれても、推しはアイナの推し一人。それぞれのスキルなんて、さっぱりわからない。だから何となく、自分が嫉妬したくなるほどかわいい子〝以外〟に残りの票を投じながら、最新話の放送を待つ。
投票サイトにアクセスするようになったこと以外、何も変わらない日々を過ごしていると、当たり前にその日はやってきた。
朝からアイナの『今日だよ!』というメッセージが何通も届く。そのたび私は、『ちゃんと見るから』と返信したのだけれど、三通目あたりからはちょっとうざったく思えてきた。その日の投票は、番組を見てからしようと思っていた。けれど、あまりのうるさいリマインダーにイライラして、私は放送を待たずに投票した。はじめて、アイナの推しに票を入れなかった。
ようやく番組が始まると、アイナからの実況中継のようなメッセージがバンバン飛んできた。
さすがに、鬱陶しい。
『ごめん、集中して見たいから、終わるまで返信しなくてもいい?』
『あ、ごめん。あたしがいろいろ情報足したほうがいいかなって思ってたんだけど。おっけー。なにか聞きたいことがあったら気軽に聞いてねー』
『ありがと。しっかり見るね』
『投票もよろ』
番組は、テレビとかYouTubeを見慣れている人間からすると、〝長い〟と思うほど長かった。映画かよ。それならポップコーンとか、コーラとか。そういうものを準備しておいたのに――。てっきり三十分とか一時間で終わるものと思い込んでいた。
一回の放送で、たぶんほとんどの人が映っている、と思う。けれど、取り上げられているのは、その半分とか、それ以下のようだった。そんななか、この日、アイナの推しがしっかりとパフォーマンスやコメントをする回を見られたのは、たぶん運がいい。
運がいい?
逆かも。放送終了後に始まるだろう、アイナのマシンガンメッセージが目に浮かぶ。
「へぇ。なんか、もっとバチバチしてると思ったけど、けっこうワイワイしてるんだなぁ」
ひとり暮らしの部屋というものは、どうしてこうも気が緩むのだろう。玄関から一歩出れば、よほどのことがない限りはしない独り言が、口からどんどんとこぼれていく。空間は、番組の音と、自分の声と、僅かな家電の唸り声で満ちている。
「あ、アイナの推し」
アイナの推しが大きく映るたびに、「こんにちは」に「さようなら」を返すように、なめらかにそう呟いていた。
練習着の時はほとんどメイクをしていないらしく、制服の写真よりもパッとしない顔をしているが、それでもどこか、〝なんかよくわかんない魅力〟のようなものを感じた。
「え、これ、同一人物?」
そんな推しが、ステージ用のメイクをし、衣装に着替えた姿を見た途端、私の目は彼女にくぎ付けになった。
言語化不能。
「メイクって、大事だなぁ。ファンデ変えようかなぁ。アイライン、もっと上手にひけるようになりたいなぁ」
自分とて、同じようにステージ用のメイクをして、街中では浮きそうな、ステージ衣装を着たのなら。あのように、化けることができるだろうか。そんなことを想わずにはいられないほど、同列に見えたはずの人が、遠く離れた眩しい星のように見えた。
なるほど、アイナがきちんとしたプレゼンテーションなしに「とにかく! あたしの推し、どうしてもデビューさせたいから、一緒に推して!」と言った理由が、わかってしまった気がする。
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