盲目と覚醒

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「祝勝会だー!」  順位発表会で何とか脱落を回避した推しを祝うべく、私はアイナとリモート祝勝会を始めた。  冷蔵庫の中には大したものが入っていなくて、私は麦茶とポッキーがお供。でも、アイナはこうなることを想定していたのやら、ジンジャーエールにショートケーキ。 「ほんとよかったー! ルイのおかげだよ」 「そんな。私は毎日投票しただけだよ」 「いやいや、その〝毎日コツコツ〟が大事なんだってば!」 「このあともさ、半分脱落、とか続いていくってことだよね」 「ちょー! 祝いの場で、そんな現実的なことを!」 「これからも頑張って推さなきゃね」 「そーそー! 上位層の壁は厚いからね」  アイナって、あんな感じでケーキを食べる人だったっけ? 今日のアイナは、まるで唐揚げをフォークで食べているみたいに、大きな口でパク、パクと頬張っていく。 「あ、そういえばさ。ルイ、最近、彼とはどうなの?」 「なに? 急に」 「ああ、いや。脱落してない人の中でさ、彼氏いる人が居るみたいでさ。その人、次のタイミングで落ちるだろうって言われてて」 「へぇ」 「ふと、『そういえばルイは彼氏とうまくやっているのだろうか』と気になり」  祝勝会の場で恋の話が始まるとは思っていなかった。ポッキー片手に、彼とのことを考える。 「うまくいってないな?」 「いってない、のかな。平常運転のような気がするけど」 「ああ、まぁ、ルイの所って、いっつも冷めてる感じするもんね」 「そう?」 「うん。なんか、恋愛特有の熱さがないっていうか。もうすでに結婚して数年の夫婦みたいな貫録を感じるというか」 「夫婦って、熱、なくなるの?」  アイナはグラスを口につけたのに、飲まずに離した。 「なくなるかどうかは、なってみたことも、それを続けたこともないから分からない。でも、親戚の人はそんな感じだった。結婚式の時はめっちゃアツアツで、近づきたくないくらいだったんだけど。今は程よく冷めてて、なんかいい感じ」 「ふーん」 「でもさ、恋愛ってアツアツでなんぼって感じ、しない? しない? って、ルイに訊くのはダメか」 「なんでよ」 「いや、だって、アツアツでなんぼって思ってなさそうだから」 「うーん。まぁ、そうかも」 「あたしはさ、推しを見つけたとき、ビビッてきたの。ルイは? 彼氏見つけたとき、ビビッてきた?」  ビビッと、きたのだろうか。  アイナの推しをはじめて見たときと、大差ない気がする。  別にキューピッドに矢をズッキュン、なんてされてなくて、ただ何となく、そういう運命へと向かう舟に乗っただけっていうか。  そう。あのときは、舟だった。じゃあ、今は?  今は、アイナと共に沼の中にいるような、そんな心地がする。アツアツで、たまらなく痺れる、沼の中に。
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