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僕はもう、小学生の時の僕ではない。
有名私立大に入り、イメチェンもして、女の子にモテるくらいの人間になれたつもりだ。
実際、同窓会で会った他のクラスメートたちはみんな驚いていた。そんなイケメンになったならもっと早く会いたかった、なんて冗談交じりで言ってきた女子もいる。
彼女は、どうだろう。
岡部沙代里は、今の僕を見てどう思うだろうか。少しはかっこいいと思ってくれるだろうか。驚いてくれるだろうか。それから。
思い出してくれるだろうか。勇気を出した僕の告白を。あの時は断られてしまったけど、今は少しは違った答えが返ってくるのか。
「ごめんなさーい!ちょっと遅刻しちゃった」
「あー、サヨおっそーい!」
そして、その瞬間は訪れた。開始から十五分遅れて、岡部沙代里が居酒屋に入ってくる。そして、僕の顔を見るなり言った。
「あ、あれ?あちらの茶髪のすごいイケメン誰?見たことないんだけど」
やっぱり、ここまでイメチェンしてしまうとみんな僕が誰かわからないらしい。まあ眼鏡もかけていないし、いかんせん十年近く会っていなかったのだから仕方ないと言えば仕方ないが。
彼女の近くに座っていた友人が、鳳くんだよ、と伝えた。オオトリ、なんて苗字はそうあるものではない。そこに、千春、なんて名前がくっついていれば尚更に。
「え、マジで?鳳くん?」
彼女は目を見開いて、そして。
「すごおおおおい!鳳くん、久しぶり!あたしだよ、岡部沙代里!覚えてるかなあ?超イケメンになったじゃん!」
素晴らしい笑顔で、駆け寄ってきたのである。そして、僕の顔をまじまじと見つめて言うのだ。
「よく覚えてないけど、昔もうちょっと地味じゃなかったっけ?それなのに、うわ、人って変わるもんなのねー。ねえねえ、今あたしフリーなんだけど、付き合わない?」
「お、岡部さん、あの……」
「ちょっとサヨー?抜け駆けはなしだからね、いくら鳳くんがイケメンになったからってー」
「あはははは、ごめんごめん。でもびっくりしちゃってえー」
あはははは、と笑い声が響き渡る。僕はそれを見て、ああ、と思ったのだった。
彼女は、僕のことをちっとも覚えていなかった。僕があの日、勇気を振り絞って告白したことも。そして。
『はあ?あんたみたいな地味で根暗な奴があたしのこと好きって?超きもいんですけど!!』
僕に投げつけて来た、あの言葉も。
あの日を境に――彼女と、彼女が言いふらした取り巻きの少女たちからの、凄惨ないじめが始まったことも。
僕は一日足りとも忘れたことはない。学校の裏掲示板に、根も葉もない万引きの噂やカンニングの噂を書き連ねられたこと。教室でおしっこを漏らしたと嘘の噂を長されたこと。僕の教科書やノートをトイレに捨てて、拾うように命令してきたこと。僕を庇ってくれた翔を突き飛ばして怪我をさせたことも、それから、それから。
――そう。その程度だったんだ、君にとっては。
僕は決めていた。もし彼女が何食わぬ顔で“久しぶり”と笑いかけてきたら。何もかも忘れていたらその時は、計画を実行に移そうと。そのために、恐ろしくてもこの同窓会に来ることにしようと。
彼女はどうやら“今”の僕には興味があるようだ。だったらチャンスはいくらでもあるだろう。
――絶対に、許さない。
僕はちらりと、脇に置いたバッグを見たのだった。
その中に入れて来た、毒入りのカプセルのことを。
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