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3.現(うつつ) ~1年前~
ちょうど1年前。
深雪は、恋人の駿介との待ち合わせの場所に向かっていた。
そこは、今日、深雪が立っていた、樅の木の下。
高校で知り合い、付き合い始めた同級生の2人は、そろって東京の大学に進学。
卒業後、駿介は帰郷したが、深雪は東京の企業に就職した。
離ればなれの生活になったが、月1回は、故郷か東京で会っていた。
遠距離になって初めてのクリスマス。それが1年前の約束だったのだ。
途中のドカ雪のため、帰郷する深雪の電車が遅れた。
『お店を教えてくれれば行くから、先に行ってて』
とLINEしたが、駿介からの返信は『ここで待ってる』だった。
サプライズにしたかった駿介は、一緒に行きたかったのだ。
その日の故郷は、ドカ雪ではなかったが、吹雪いていて身に沁みる寒さだった。
約束の時間を30分ほど過ぎた頃、歩いていた1人の婦人が、駿介の前で突然倒れた。
「大丈夫ですか?」
駿介が駆け寄り、しゃがんで声をかける。
「……あぁ」
その人は、かろうじて苦しそうな声を出し、意識を失った。
40代ぐらいだろうか。こじゃれた感じの婦人だった。
スマホで呼んだ救急車を待ちながら、介抱する駿介。
かけてあげたコートの紺色を、降り積もる雪の結晶が白く塗り替えていく。
そしてこの日、駿介も朝から風邪気味で体調が悪かった。近づく救急車の音を聞きながら、駿介の意識は次第にぼんやりし、やがて気を失った。
それから、駿介と婦人は、一緒に救急病院へと搬送された。
電車はさらに遅れ、深雪が樅の木の下に着いたのは、約束の時間を2時間も過ぎた午後7時。
そこには駿介の姿はなく、3人のおばさんが立ち話をしていた。
「若い男の子がいなかったら、あの女の人は助からなかったね」
「そうだよね。一晩中ここで、雪に埋まっちゃったんじゃない?」
「でもさ、あの男の子も、大丈夫かね。意識なかったけど……」
口々に話すおばちゃんの話に、嫌な予感がした深雪は、
「すみません。その男の子って、この人じゃ……?」
とスマホの画面を見せた。
3人が一斉に覗き込むと、そのうちの一人が、
「あぁ、そうそう。この子だったよ。きれいな色白の男の子だなぁって思ったから」
3人はまだよけいな事を言いそうな雰囲気だったが、それを制するように、
「あの、病院わかりませんか?」
3人は一様に首を捻るだけだった。
深雪は咄嗟に、駿介のスマホに電話をかけた。
7,8回のコールの後で、やっと繋がった。
「もしもし! 駿介くん?」
勢い込んで聞く。が、聞こえてくるのは救急車のサイレンの音。少しして、若い男性の声がした。
「お知り合いの方ですか?」
緊迫感の中に、落ち着きのある声は、救急隊員だった。
「はい。野村駿介くん。私の友だちです」
と、深雪は言った。
「S町立病院に向かっています。来れますか?」
「はい。駿介くんは、大丈夫なんですか?」
「わかりません。最善の処置をしています」
とだけ隊員は言った。
慌ててタクシーを拾い、S町立病院へ行った。
一晩付き添った。
しかし、重い肺炎を起こしていた駿介は、手当も虚しく、翌朝この世を去った。
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