屋根のない家

4/4
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「お母さん……もう眠いよ」 「おいで、明世」  広げた母の腕におさまり、優しく髪を撫でられるとすぐに瞼が下がってくる。懐かしい母の匂いが、この上ない安堵感になって。 ──お母さん……私はがんばって……幸せになったよ……。 「偉かったね、明世。でも……あなたはまだ屋根のあるお家に帰りなさい」 ──どうして?やっと会えたのに……もっとお話していたい……。  祖父と祖母が私の身体を優しく起こす。 「アキちゃんは、まだこっちに来てはいかん」 「アキちゃん……」  祖父がニカッと笑い、祖母が心配そうに私の顔を覗き込む。  母は私のおしりをポンと叩いた。 「まだ、頑張れるでしょ?」  その言葉を合図に、私は私の姿に戻ってしまった。まだ頑張れというのか?相変わらず厳しい母だ。 「わかった……次に会うとき私はボロボロのクタクタだろうから、杖とかシルバーカーの準備をしておいてね?それから、それから……」  頭の中に薄い膜がかかったようにぼんやりとしてくる。言いたい言葉はもう出てこない。 ──また、迎えにきてね?この屋根のない実家まで。  母が頷いてくれたのかはわからない。  頭のまわりがやけに騒々しい。母の匂いが薬品の匂いに変わっている。   「母さん!!」  ゆっくり瞼を持ち上げると、真っ赤になった娘の目が揺れている。私を見つめる赤い目から、涙がポロリと溢れて落ちた。  術後、死線を彷徨ったくせに、私はどうやらこの世に戻されたみたいだ。  やっぱり、母は変わらず厳しくて優しい。 「……ただいま」  身体中が痛いし不快だ。けれどもそんな目で見つめられたら、涙を溢されたら、あと少し母でいたくなる。    入院中、病室の窓からよく外を眺めた。  黒い屋根、赤い屋根、青やグレーや白い屋根も見つけた。渋柿だろうけど、たわわに実る柿の木も。祖父のエールだろうか。 「戸祭さん、明日の午前中に退院ですって?羨ましい」 「はい、お陰様で」  ようやく明日退院する。  かわるがわるやってくる娘や息子、孫達で退屈する暇もなかった。  口々に皆、喋りだすのだから。 ──母さん、あのね!と。                完
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!