思い出す

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 私の妻は幽霊だ。いつ気付いたのかはよく覚えていないけれど、いつからか彼女は幽霊で、その幽霊の妻と私は一緒に暮らしている。冷静に考えると不自然だけれど、慣れてしまっているせいなのか、私にはそんなに不自然には感じられない。何より、それでも十分幸せだから、私はむしろ、彼女が幽霊であることをあまり考えないようにしている。もしあまり考えすぎてしまうと、この幸せな生活が終わってしまいそうな気もするからだ。  私たちの生活はいつも、私が彼女に起こされるところから始まる。彼女は私にだけは見えるし、彼女の声は私にだけは聞こえる。そして、彼女が触れていることも、私にはわかるのだ。私が目を覚ますと、彼女は、おはよう、と笑顔で言う。  私が顔を洗って、朝食を作り、食べている間、彼女は幸せそうに私の方を見ている。彼女は幽霊だから、食事ができないのだ。もちろん彼女は黙ってみているばかりではない。時々話しかけてくる。そのほとんどが、昔のことだ。そして私はその昔話を、あぁまたあの時の話だ、と思いながら聞く。同じ話でも、私は幸せなのだ。何故かというと、彼女が幸せそうだからだ。  お昼は私は食事はせず、二人で昼寝をする。彼女の寝顔を見ながら、私は眠りにつく。私の幸せな時間の一つだ。起きるころには夕方になっていて、私は夕食を作り、食べた後は彼女とゆったりした時間を過ごす。ぼんやりと空を眺めたり、昔のことを話したり、言葉遊びをしたりする。時々外に散歩に出かけることはあるけれど、夕方の人の少ない時間に出るようにしたり、周りから不審な目で見られないように外では会話はしないようにしたりしている。そんなふうにして毎日を過ごすのだ。  「ねぇ、本当に、このままでいいの?」  ある日、彼女が言った。彼女は時々そういうことを言うのだ。私は、いいんだよ、と答える。そして、いつもなら、ほっとしたような顔をするのだけれど、その日は珍しく、彼女は不安そうな顔のままだった。 「どうかしたの?」と私は聞く。彼女はうつむいて黙ったままだ。私は少し不安になった。こんな彼女の様子は見たことがない。彼女はいつも前向きで幸せそうなのだ。何かあったのだろうか。私は最近のことを振り返る。何か悪いことをしただろうか。でも、最近ずっと同じような毎日だった。何も変わったことなどしていない。むしろ、何も変わったことをしていない、ということこそが原因なのだろうか。だから、このままでいいのか、という意味なのではないか。 「久しぶりに出かける?」と聞くと、しかし彼女は首を振った。私は困った。彼女と一緒にできることは限られているのだ。何か、これまでにしたことのないようなことを、できないだろうか。  私が悩んでいると、彼女は、「あなたは大事なことを忘れているの」と言った。何かちくりと胸が痛くなったけれど、それでも何のことなのか分からない。何か彼女と約束なんてしただろうか。思い出せない。でも、あんなに不安そうな彼女は見ていたくない。早く、理由を見つけないと。  その焦りが、私に思い出させてくれたのだ。カレンダーを見て、それを確信した。もうすぐ彼女と一緒に暮らすようになって5年が経つ。その記念日のことを言っているのだろう。そして、それがちょうど明日だった。  その日、私は久しぶりに一人で外に出た。買い物をするためだ。彼女は食事はできないけれど、何か華やかなものを買って、二人でお祝いをするのだ。きっと彼女は喜んでくれるだろう。彼女の幸せそうな顔を見るのが楽しみだ。  けれど。
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