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君と初雪
ーーーー 僕が彼女と出会ったのは、初夏の風がすっかりと身を潜め、夏本番が直に肌に突き刺さる、そんな、渇いた暑さが鬱陶しい季節だった。
透き通る程の白い肌は、夏の陽射しなんてもろともせずに、淡い純白を纏って、手から零れ落ちそうなほど、鮮やかに輝いていた。
木々に囲まれ、木漏れ日道から見た彼女は、朧気に見えて、なんとなく在るはずのない第六感で、彼女は人ではないと認識できた。
木の陰から盗み見る。小さな湖に手を翳し、水面に反射する陽射しよりも、キラキラと笑っている。
「ねぇ、君は? 天使なの? 」
そんな言葉が喉まで出かかって、急いで呑み込んだ僕の彼女に向けた第一声は、「君は? 誰? 」そんな無礼極まりないものだった。
「あれ? 珍しいね? こんな所に、人間が来るなんて。私はミオ。ここに住む湖の精だよ」
「湖の精? 」
そんな突飛な言葉でさえ、すんなりと受け入れてしまえるほど、彼女は妖艶で美しかった。
「あぁ。僕は、最近ここに越してきて、学校をサボって来たんだけど、まさか、精霊に会えるなんて思ってもいなかったよ」
「ふ~ん。サボってみるもんだね~」
「まぁ、学校に行ってもつまらないだけだし、悪いことは無いかな。多分………」
「ふ~ん。ねぇねぇ。そんなところにいないで、こっちにおいでよ! 私、人と話すのなんて初めてだから、色々と聞かせてよ!」
始まりはそんな他愛のないものだった。相手が精霊という事だけで、他愛のないなんて言えないけれど。
そして彼女は、僕の話を一字一句、流さずに聞いてくれた。僕も調子に乗って、好きなこと、嫌いなこと、夢や、過ちも何でも彼女に話した。
いつの間にか日が落ちて、月の明かりだけが僕らを照らし始めた頃。
「あ! そろそろだよ!」
「そろそろ?」
彼女。ミオは湖の淵に、足を投げ出すようにして湖に釘付けになる。
「ねぇ、何が始ま…………え? 」
まるで、それが合図になったかのように、地から湧き出る小さな光の粒たち。
湖の上空を優雅に飛び交う蛍の光。
「これって………」
「凄いでしょ! この時期になると、こうして、みんな綺麗な踊りを見せてくれるんだよ! 」
「とても…………綺麗だ………」
その光は、空から降り注ぐ雪のように、今にも消えてしまいそうな儚さを纏いながら、僕の脳内に焼き付いていく。
思わず僕の頬は緩んでしまう。
「あ! ようやく笑ってくれたね! ここに来てから、笑った顔なんて見せてくれないから、なぁ~んだ!
そんな素敵な笑顔で笑えるじゃん!」
「素敵な笑顔? 」
初めて言われたその言葉が、妙に心をざわつかせ、温かく、浮きがあるように高揚する。
「ねぇ。明日からも、ここに来ていいかな? また、蛍を見たいんだ」
「うん!いいよ!でもね、今度は学校をサボっちゃダメだよ!」
「え?う、うん!分かった!」
こうして、僕らの眩い逢瀬が始まった。
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