結婚大好き

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「ほほお……妻のやつめ、おれをここに誘い込み、こうしてお前と対面するよう仕組まれたってわけか」 「いえ、最初にホストの売掛立て替えのアカウントに奥様が応募されたのは偶然です! 趣味というか娯楽でフザけただけなんですけど、まさか本当に依頼してくる人がいるとは、びっくりです!」 「いいだろう! 貴様のジャッジとやらを受けよう! で、なにをもって審判するんだ!?」 「ははっ! すでにジャッジは始まっております! 実はこの部屋、『パートナーへの直近のクリスマスプレゼントを言って正解しないと出られない部屋』なのです!」 「……いやらしいことをしないと出られない部屋みたいだな」 「あんな俗なものと一緒にしないでください! ここにいる間は水も食べ物も排泄も必要ないので気のすむまで問題に取り組めます! 答えが分かったらさあどうぞお答えください! なお間違ったら即座に失格です!」 「失格だとどうなるんだよ?」 「死にます!」 「怖っ!」 「なるほど、怖いですか!? 無理ですかね!?」 「はあっ(笑い)! なめるなよ! そんなもん覚えてないわけないだろ! 直近のクリスマスプレゼントはなあ、イオンのコイン削りくじ十枚だ! スーツ買ったらついてきたやつだ!」 「素晴らしい! 大正解です! ではその調子で、直近十年分行ってみましょう!」 「………………………十年……ぶん?」 「ええそうです!」 「いやそんなの……分かるわけ……」 「え~っ!? たった十個ですよお!? それも夫婦の一大イベントのお!」 「いや、そんなの分かるやつ絶対いないって……」 「う~ん、じゃあじっくり考えてどうぞ! 私は席を外しますので、分かったら呼んでくださいね! さよなら~!」 ■ 「奥様、これでよかったんですかあ? それにしても荒れたおうちですねえ」 「ええ。掃除する気になんてなれないんで。あの人、本当に出てこられないのよね?」 「ちゃんと問題に答えられたら、すぐ出てきちゃいますよお」 「それなら大丈夫。絶対に答えられないもの」 「そんなの、分からないじゃないですかあ」 「分かるわよ。絶対に正解なんてできない。どこかでもらったポケットティッシュとか、ケーズデンキの先着優待ハガキとか……道端に生えてた花とか、食べかけていらなくなったボンタンアメとか、そんなのばかりだもの。思い付きでその時持ってたものをよこしてるだけ。覚えてっこないわ」 「ん~、大事なのは気持ちだと思いますけどねえ」 「そうよ。気持ちよ。気持ちがまざまざと伝わってくるのよ。お前なんかどうでもいい、本当に心から軽視してるって……あのプレゼントたちが雄弁に語ってくるんだもの」 「でも、奥様はちゃんと覚えてるんですねえ」 「うれしくて忘れられないならよかったんだけどね。逆よ。悔しくて、腹が立って、みじめで、忘れたくてもできないの」 「なるほど! この後はどうされるんです?」 「夫の失踪届を出すわ。そしてやがては死亡扱いになって、私は自由に生きる」 「なるほど! でも、時間がかかりますよねえ。普通に離婚したほうがいいのでは?」 「ホストに借金してる私は、一人になったら返す当てがないし。なにより、離婚って大変なのよ。あの夫との関係を清算するために、そんな無駄なカロリーを使う気になれないわ」 「まあ、問題に正解した奥様のほうが主導権を握るというのが私どものルールですので、いいんですがあ。それにしてもよく正解できましたね、夫君も言ってましたけど、十年分ってなかなか思い出すの難しいですよ」 「ああ、そんなの簡単よ。だって私、ティッシュで作った折り紙とか、使いかけのアラビックヤマト(液状)とか、自宅で半径一メートル以内で手に入るものしかあげてないもの。少し頑張れば思い出せたわ。あと、なんとなくしりとりにもしてたから」 「しりとりといいますと?」 「ティッシュ→油性ペン→ペン立てのアラビックヤマト→時計用の電池、みたいな」 「なるほど! でも、誕生日のプレゼントとごっちゃになったりとか!」 「しないわね。あの人の誕生日にプレゼントなんて、ここ十年あげてないから」 「なるほど~!」 ■  それから一か月ほどが過ぎた。  あるハローワークの受付女性は、あの迷惑なおじさん最近来なくなって気が楽だなあ、と思った。  あるキャバクラ嬢は、いまいち金を落とさない割にギラギラセクハラしてくる上に偽物のブランド物で釣ろうとしてくる下等客のことをすっかり忘れてホストにハマっていた。  なんで世の中結婚というものがこんなにいいもののようにもてはやされているのか、彼女たちにはいまひとつ分からなかった。 終
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