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知った顔
数年ぶりに地元に帰ると、学生の頃通い詰めたコーヒーショップは建物ごと取り壊されて、巨大な駐車場を備えたコンビニに置き換わっていた。自動ドアを通過すると、私の感傷を打ち消すように頭上で軽快な入店音が弾けた。
レジカウンターに商品を差し出し、電子マネーをかざそうとしたところで、目の前の店員が「あれっ?」と明るい声を上げた。
顔を向けると、彼女は親しげな表情を浮かべながら「ひさしぶりやね」と言う。
「ひ、さしぶり」
あまりに自然に話しかけられたものだから、反射的に応えてしまったけれど、実のところ彼女が誰なのか、私にはわからなかった。年頃は自分と同じくらいだろうか。さりげなく胸の名札に視線を移す。
しかしそこに掲げられた平凡な苗字から喚起される情報は無く、苗字が変わっている可能性に思い至った。今や同級生のほとんどが既婚者だ。
「それにしても、めっちゃ綺麗になったねえ」
彼女のお愛想に曖昧な笑みで応じながら、私は記憶の中のあらゆる顔を慌ててさらう。
同級生や塾のクラスメイト、バイト仲間、友だちの友だちあるいは姉妹。けれどどの顔とも一致しない。その硬そうな癖っ毛、主張の強い両眉、腫れぼったい一重瞼にはどことなく見覚えがある気もするが、顔の下半分はマスクで覆われていて確かめようがなかった。
そもそも、彼女の人違いという可能性もある。
私は考えることを諦めて、中途半端な表情を浮かべたまま商品を受け取る。軽く頭を下げ、そのまま立ち去ろうとしたところを、けれど彼女の言葉に引き留められる。
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