マコの射手座冒険記

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 最初のきっかけは、同級生(クラスメイト)との些細な会話だった。  北部に広がる山脈から吹き降りてくる涼しい風が、学園を伝って南へ流れる頃。中庭の憩いの場にある噴水広場や、学生寮に続く繁華街の並木通り沿いに植えられた樹が明るい色をつけて道路を彩る光景を見ると、どことなく物憂げな気持ちになってしまう。  マコは、教室の前で熱弁を振るっている教師の講義を話半分聞きながら、頬杖をついて窓の外を眺めていた。  最近、妙に寒い。朝に女子寮を出ると、凍えるような冷たい風が肌を刺してくる。露出している首元を暖めようと、無意識に肩に力を入れて覆い隠そうとするくらいだ。 「バレン、タイン……デイ?」  数十分前の休み時間のことである。同級生(クラスメイト)と一緒なって、暖炉のそばに集まって、かじかんだ手をみんなで温めながら談笑をしていた。マコが所属するA組の女子たちは、比較的陽気な子が多い。最近の冬期講義の合間には、こうしてここに自然と集まるのだ。  聞けば、その“バレンタインデイ”というやつは、寒風吹きすさぶ路盤を真っ白く彩る時期にやってくる特定の日にちのことを差しているらしく、なにやら女の子が、尊敬する男の子に対して、贈り物をしなければならないという不思議なイベントらしい。  元々この地の生まれでないマコは、そんな習慣があることなど微塵も知らなかったし、なくて困るようなものでもなかった。しかしそれが昨今の流行というなら話は別だ。聞いてしまったからには逃れられない。逃すわけにはいかない。世の情勢には常に過敏でなければ、周囲から乗り遅れてしまう。それは我慢ならない。最先端の先を行くくらいの気持ちでいなくてはいけない。それが高校生というものだ。  話を聞いて浮足立つ同級生(クラスメイト)たち。もちろんマコもその内の一人だ。さっそく仲間内でしか分からない会話にいそしみ、持ち切りのネタで教室の一角に花を咲かす。 「ねえねえ、それで? マコは?」 「へっ?」  一人の友人から何の前触れもなく話題を振られ、マコは素っ頓狂な声を上げる。 「誰にあげるの? もう決まってる?」  友人の切り出した話題に、周囲の友人たちの口角が、くにゅっと歪む。当の友人も含めて、この場にいる全員はマコの敵であった。  マコは上昇する体温を抑えつつ、身振り手振り誤魔化すも、火に油を注ぐばかりで、場は盛り上がる。単に暖炉の熱のせいだけではないのは明確だった。  色恋沙汰で茶化されるのは今に始まったことではない。しかしマコは如何せん、幼少期からそのような経験をしてこなかったせいも手伝って、その手の話題に滅法弱い。他人の色恋には根掘り葉掘り聞き出すくせに、自分のこととなるとからっきしになってしまう。その反応も面白くて、友人たちからは最もからかわれやすいのだ。  必死に弁明し、なんとか他の話題に移し替えることに成功したマコは、それでも頭の中は、バレンタインデイのことで埋め尽くされていた。その情報が学園中にまん延していない今がチャンスだ。流行りだしてからやるのは、プライドが許さない。流行に乗っかる前に、すみやかに任務を遂行するのだ。  場の空気と、友人たちの持論に相づちを打ちながら、マコは心の中で、こっそりと意気込んでいた。   
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