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諦めたのか、犬は回れ右をしてとぼとぼ歩き出した。僕は思わず玄関を飛び出した。
「山太郎?」
犬は僕の声を聞いた瞬間こちらを向き尻尾を千切れるほど振った。しかし声の主が僕だと分かると首を傾げた。
「おいで」
僕は一歩前に進んだ。すると犬は一目散に走り去って行った。
どうやら親父は犬を飼いたくて山小屋を建てたのかもしれない。いつか犬を飼いたいと常々言っていた。でも毎日朝早くから夜遅くまで仕事をしていたので、面倒をみれないと諦めていた。
「山太郎か」
一番上の兄が「風太郎」、二番目は「林太郎」。そして僕が火太郎だ。子どもの頃は変な名前だとからかわれた。しかし親父は「武田家なら風林火山で決まりだろう」と豪快に笑った。今度男の子が産まれたら絶対「山太郎」と命名すると豪語していた。
お袋が死んでしまってその夢は叶わなかった。だから親父は犬に山太郎とつけたのだろうか。
山の家の夜は寂しかったが星空は圧巻だった。屋根裏部屋の窓から満点の星空が見える。親父も毎日見ていたのだろう。
葉擦れの音、虫の声、そしてかすかに聞こえる遠吠えを聞きながら僕は眠りについた。
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