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「黙ってろ」  怯えた声を洩らす加奈子を、健司は制した。 子供の頃に父から聞いた話を、健司は思い出していた。  幼い父が友達と夕暮れに田舎の田圃の傍で、野犬に出くわした。野犬は二匹いて、父と友達には大きすぎる程の体躯だった。睨み合いのようになったが、父の友達は恐怖に耐えきれず、声をあげて逃げ出した。二匹は背中を見せた友達に殺到した。二匹が子供の足に追いつくのに、時間はかからなかった。  友達は全身を噛まれ、慌てて棒きれで追い払おうと駆けつけた父も怪我を負った。幸い、野犬は飼い犬だったものが飼い主が高齢になった事で捨てられた犬だった為、狂犬病にはならずに済んだ。それでも、その友達は早くに亡くなったという。背中を見せたら最後、追われるのだ。  犬が咥えていた腕を、吐き出すように道路に落とした。アスファルトに微かに血が滲みたように、健司には見えた。それは「よそ者はここから先には入るな」と言っているようだった。小刻みに続く呼吸音と、だらしなく開けた口から伸び出た舌が、今にも襲い掛かろうとしている気配を漂わせていた。 「動くなよ」健司は言った。 「だって」
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