加奈子

2/2
前へ
/10ページ
次へ
 健司の母は、愚直だった父を置いて家を出た。思春期の頃を、仕事人間の父と過ごした。父は再婚をせず、健司にとっては近くに住んでいた叔母が、母親代わりだった。出戻りだった叔母は、負い目があるのか、父にも健司にもよそよそしかったが、健司は叔母の発する女性的なものを、常に身近に感じながら、母ではないその存在に、常に苛立って育った。  離れたいけれど、離れてほしくはない。そんな気持ちを、鬱々と溜め込んで思春期を過ごしたのだった。  加奈子はどこか、あの叔母に似ていた。顔が似ている訳ではなかったが、どこかその風情に似たものがあった。疎ましく思う気持ちが募るほど、この女を手放してはいけないと、心の中で誰かが囁いていた。  加奈子が後じさったのか、アスファルトの上の小石が音を立てた。 「動くなって」  健司は苛立ちを隠さずに言った。  犬は、人間のように二人を交互に見て、低いうなり声を発した。口の端から、涎が滴っていた。  不意に健司は、加奈子に逃げるように言うという考えに囚われた。犬は一匹だ。一人が走れば、それを追う筈だった。こんな所で犬に噛まれて死ぬのは御免だった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加