あまい指先

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 すっかり暗い道をふたりで歩く。どさくさに紛れて繋いだままの手を、とがめないでいてくれることが嬉しい。あんなに冷たかった指先も、今じゃすっかり同じ温度だ。 「あれ、じゃあさっきのどういう意味?」 「ん? さっきのって?」  腹が減っただとか、今日の部活での出来事とか。他愛もないことを話していたら、皐月が見上げてきた。首を傾げて問い返せば、皐月の目がすっと細められたのが暗がりの中でも見えた。 「オレがあの子と喋ってると面白くないのかって聞いたら、なんで分かんのって言ったよな」 「あ……」 「好きな人いそうな雰囲気だったよな。オレ、知らねえんだけど」 「あー、っと、それは……」  しまった、そうだった。告白してしまいそうな寸前で、勘違いに気づいたんだった。あの瞬間は確かに告ろうと思ったけど、今はその勇気はどこかに引っこんでしまった。  どうしたものかと悩んでいると、繋いでいる手の皐月の親指が、俺の袖に潜りこんできた。 「っ、皐月?」 「陽太もオレがいちばんだって言ってくれたけど、そうだよな。好きな子くらいいるよな。それが叶ったらそん時はマジで、いちばんは諦めなきゃ……なんだよな」 「……っ!」 「え……陽太? どうした?」  あまりの衝撃に、俺は空いた手で顔を覆って夜空を仰いだ。  可愛すぎる、さすがに可愛すぎる、皐月が。甘えるような指先も、尖ったくちびるも、俺の心臓ど真ん中に文句なしのストライクだ。  好きだと言ってしまいたい。皐月の仕草ひとつひとつが、恋のせいだとしたらどんなにいいだろう。でもきっと、そんなんじゃないから。慎重でいることしか、俺にはできない。 「皐月~、ちょっと肩貸して」 「え? う、うん、いいけど……大丈夫か?」 「大丈夫じゃないかも」 「ええ、どした? 座れるところ行くか?」 「いい、これが落ち着くから」  大胆なことをしているなあと、よく分かっている。だけど、うっかりしたら好きだと言ってしまいそうな自分を押し留めなきゃいけない。それから、不安を抱いている皐月に、今渡せるだけの言葉を伝えたい。 「さっきの話だけどさ」 「うん」 「好きな人、は、いる」 「……へえ」  皐月が息を飲んだのが、声からもくっついている体からも伝ってくる。顔を上げて、繋いでいる手の甲を親指で撫でる。逸らされてしまった顔に触れると冷たくて、なんだか泣きそうになる。 「でも、それでも皐月がいちばんだから。それは絶対に変わんない」 「そんなん嘘だろ」 「ううん、嘘じゃない。誓える」 「……んだよそれ」 「矛盾してるって思うよな、でもほんとなんだ。信じてほしい」 「…………」  例えば勘のいい人だったら、これだけで恋心に気づかれてしまうのだろうか。皐月にも察してほしいような、そのまま分からずにいて、いちばんだということだけ受け取ってほしいような。相反する気持ちに俺もぐらぐらと揺れながら、ひたすらにまっすぐ皐月を見つめた。 「……わ、かった。信じる」 「っ、ほんと?」 「正直意味は分かんねえけど……陽太がそう言うんならそうなんだろ。だったらオレは、信じるしかねえもん」 「っ、うう、皐月~!」 「はは、分かった。分かったから、そんな顔すんな。な?」  皐月はそう言って、俺の髪をくしゃくしゃと両手で撫でてくれた。そんな顔ってなんだろうと思ったのは一瞬だけで、ツンと痛んだ鼻を慌てて啜った。皐月が信じてくれること、笑顔が戻ってきたこと。それが感極まるほどに嬉しい。 「そうだ、コンビニ寄っていい? 俺、コンビニの唐揚げ食おうと思っててさ」 「うわ、オレも食いたい」 「決まりだな」  気を取り直して、再び歩き始めようとした時だ。袖をツンと引かれる感覚があった。何事かと振り返ったのと同時、俺の指先を皐月の手が包んできた。一瞬だけ俺を見上げた皐月は、すぐに視線を逸らす。 「……さっきまで繋いでたから、急に離れると寒い」 「…………」  あまりの可愛さに絶句する。どうしてこんなに可愛いのだろう。ほんとに、マジで。  また心臓がぎゅうっとなって、体中に散らばるみたいに恋心が充満していく。 「……嫌だった?」 「っ、嫌なわけねぇじゃん! めっちゃ噛みしめてた」 「はは、なにをだよ」  皐月が好きだ。すごく、すごく。これ以上はないってくらいに好きなのに、毎日毎日更新してしまう。 「皐月〜」  じゃれるように肩をトンとぶつける。 「ふ、なんだよ。陽太ー」  同じ仕草が返ってきて、顔を見合わせ笑い合う。  本当は両想いになれたら最高だけど。今はこんな瞬間を、何度も何度も味わっていたい。さりげなく指先だけを恋人のように繋いで、またひとつ笑顔を重ねる。 「なー皐月、またお泊まり会したい」 「あ、オレもしたい」 「マジ!? 約束な!」
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