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夕飯を食べ終えた後は一緒に片付けをした。ご馳走してもらったのだからと皿洗いはオレが担当、陽太にはテーブルを拭いたり用意しておいたお菓子を出したりしてもらった。あんなに食べたのに唐揚げは少し残っていて、明日の朝もまた食べられると思うと今から楽しみだったりする。
それからサッと風呂を済ませ、テレビをつけてだらだらと過ごす。でもすぐにテレビなんてどうでもよくなって、陽太と話すのに夢中になった。きっと陽太もそうだったんだろう。最終的にはお菓子を食べるのも忘れ、用意していたポテトチップスは少し残ってしまった。
「ふあ~……」
「そろそろ寝るか」
「だなあ」
23時を過ぎた頃、陽太が大きなあくびをした。今日も部活だったのに料理までしてくれたから、相当疲れているはずだ。リビング隣のオレの部屋へと移動する。
「俺の寝る布団どこ? 自分で敷くよ」
「え、一緒に寝るんじゃねぇの?」
「……え?」
オレの言葉に面喰った顔をする陽太に、オレも驚いてしまった。以前陽太の家に泊まった時のように、同じ布団で寝るものだとばかり思っていた。なんだ、オレだけだったか。
「あー……はは、前一緒に寝たからさ、今日もそうすんのかと思って聞いただけ。えっと、準備してあるから今持ってくる」
「……ん、さんきゅ」
気恥ずかしくて赤くなっているだろう顔も、正直なところ気落ちしてしまったことも悟られたくなくて、笑って誤魔化した。
狭い部屋の中、ふた組の布団を並べる。陽太が寝転んだのを確認した後、電気を豆電球にしてオレも横になる。
なんだかおやすみを言いだせない。まだ今日を終わらせたくないからかもしれない。オレたちには珍しい、無言の時間が流れる。陽太が今なにを考えているのかは分からないが、オレの頭をいっぱいに占めているのは他の誰でもない、陽太だ。
沢田たちと話した昼休みの一件からこっち、普段通りの陽太に戻ったと思っていたがそれは間違いだった。そんな大事なことに今になって気づいた。なくなっていた、陽太との間にあった気安いスキンシップが。肩をぶつけ合ったり、時には手に触れたり。あの瞬間瞬間を、思っていた以上にオレは気に入っていたらしい。
どうしよう、寂しい。同じ布団で寝ないのも、いくら親友だとは言えそれが当然だと分かるのに、オレは今、すげー寂しい。隣にいるのに、すごく遠くに陽太を感じる。
陽太のほうにそっと顔を向ける。ぼんやりとした明かりの中、まだ起きている陽太が天井を眺めている。それを盗み見てふと頭に浮かんだのは、あの後輩の女子だ。陽太を好いて告白して、フラれてもなお諦めきれないのだと薄く涙を浮かべた健気な女の子。グラウンド前で鉢合わせしたオレに声をかけてきた彼女は言った、野球に真摯に打ちこんでいるのが格好よくて、それでいて明るいところに惚れたのだと。
分かるなあ、と思った。陽太は太陽のようで、格好いい男で、いつだってキラキラとしている。オレの視線に気づいたらしく目が合えば、陽太は困ったように眉を下げて笑った。
「なんだよー、恥ずかしいじゃん」
「…………」
オレは性格が悪いらしい。だって今、あの女の子に優越感を覚えている。
陽太は格好いいばかりじゃない。ちょっと情けないところも、甘えてくる時があることも、眠りに落ちる前の表情も、オレは知っている。手料理だって食べたし、肌に触れた時のあたたかさも知ってる。まあ、それら全部がいつの日か、陽太が好きな子と両想いになれたらオレだけのものじゃなくなるんだろうけど。
ああ、やっぱり面白くない。沢田たちは言っていた、友だちも彼女も比べられるもんじゃない、どちらも大事だと。オレをいちばんだと言ってくれる陽太の心を知りたくて、沢田たちに尋ねたのに。その答えはオレの心にだってどうにもしっくりきていない。
「なあ陽太、手」
「ん? 手?」
陽太の布団の中に指先を潜らせる。陽太の手を探り当てると、陽太の体がぴくりと跳ねたのが分かった。でもやめてあげられない、寂しい想いで空いた穴は陽太にしか埋めてもらえないから。陽太の手のひらにそっと指を引っかける。
「嫌?」
「っ、嫌じゃない……」
触れた手からぴりぴりと痺れるような、きゅうと胸を締めつけられて苦しいような、経験したことのない感覚が流れてくる。今まではこんな風に感じたことはなかった。なんだこれ、なんて考えていたら、指先を握り返された。今度はオレの体がぴくりと跳ねる。陽太を見上げると、視線が一心にオレに注がれていた。
ああ、無性に泣きたい気分だ。だって気づいてしまった。
なんだ、オレはずっと陽太のことが好きだったんだ。友だちとして親友としての想いに、強烈な恋心を伴って。
「うわー……」
「…………? どした?」
ずっと皐月がいちばん――そう言ってくれるのが確かに嬉しかったけど。いちばんじゃなくて、オレだけじゃないと嫌なんだ。様々な陽太を知っているのはオレだけがいい、陽太にとっての唯一でありたい。オレにとっての陽太がそうであるように。陽太のことが好きだからだ。
そう分かってしまうと、気安く手に触れているのがとんでもないことのように思えてくる。一緒に寝ない判断をしてくれた陽太に感謝すら覚えてくる。
数分前の自身を恐ろしく感じつつ手を離そうとすれば、けれど陽太に引き止められてしまった。
「ちょ、陽太、離して」
「ええ、やだ……なんで?」
「だって……なんか、無理かも」
「なっ……皐月ぃ、そんなこと言うなよお」
オレの言葉のせいで、陽太の表情が途端にくしゃりと歪む。ああ、そんな顔をさせたいんじゃない。離れるのを嫌だと言ってくれるのなら、恋に気づいたオレの戸惑いより陽太を優先したくなる。オレだって本当は、ずっと触れていたいのだから。
「ごめん、やっぱこのまま。いい?」
「ほんと? よかった」
「ん……なあ、陽太」
布団の上の体を滑らせて、陽太のほうに少し近づく。すると陽太もそうしてくれて、額がコツンとぶつかった。うわー、近い、近すぎる。合わさった額を陽太がすりすりと揺らすから、前髪が混ざり合う。陽太の体温が沁みこんで、心の端からじわじわと恋心を濃くさせていく。
伝えたいことが次々と溢れてくる。
「陽太」
「うん」
「こないだの、昼休みのことだけどさ」
「……っ、うん」
「オレに好きな人ができたとか、そういうんじゃないから」
今は陽太への気持ちに気づいてしまったけれど、あの時のことに限れば決して嘘じゃない。
「ん、そっか」
「それから、今日の唐揚げ、本当にめっちゃ美味かった」
「ふは、うん、ありがとう」
「美味かったのも最高だし、その……特訓してからにしたかったって言ってたけど、陽太が初めて作ったのを食えたのも嬉しい」
さっきはそれくらい考えてくれたんだと嬉しかったりもしたけど、やっぱり冗談じゃない。陽太の初めては絶対食べたかったに決まっている。もしも丸焦げだったとしても、だ。それが人生最高の唐揚げだったんだから、オレは世界一の幸せ者だ。
「マジ? やっぱ褒めすぎじゃない?」
「そんなことない、だって――」
なあ陽太、お前のことが好きだなんて、今はおろか、もしかしたらこの先ずっと言えないのかもしれない。だけどちょっと遠回しに、オブラートに包んでだったら差し出してもいいかな。
「陽太の唐揚げ、一生食いたい。って、思ってる」
「……っ、一生?」
「ん、一生」
気づいたばかりだけれど、この想いはきっとオレにとって一生ものだ。鼻の奥をツンと痛ませるなにかのせいで、分かってしまう。
「皐月……」
「じゃあほら、寝んぞ! おやすみ!」
「ええ!? 皐月~……マジで寝ちゃうの?」
「すげーマジ」
「そっか。ちなみに明日はどっか行く?」
「ん、陽太と出かけたい」
「へへ、やった。楽しみだな。じゃあ今日はおやすみ」
「おう」
言ったはいいが、照れくさくなってしまった。ガバリと布団を頭の上まで被って、だけど手は繋いだままおやすみを交わす。渋っていた割に、すぐに陽太の寝息が聞こえてきた。そっと顔を出して、陽太の寝顔を眺める。
まさかこんな日が来るとは思わなかったな。誰にというわけでもなく、口の中だけでささやく。
「陽太に……親友に恋してもいいですか」
なんて。まるで許しを請うみたいだなと苦笑が漏れる。
だって、誰に咎められてもこの想いをなしにする気はない。それが陽太への、オレなりの誠実だから。
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