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『……ごめん、イヤって思っちゃった』
「っ、なんで?」
『……すげー変なこと言うけど、いい?』
「うん、いいよ」
人通りはゼロ。信号が点滅する道を急ぐ。冷えた耳がジンジンと痛むけど、それすらもただ皐月に会えるのだという実感になる。
『陽太のこと、親友だと思ってる』
「うん、俺も思ってる」
『中学の時から一番一緒にいるし、一番仲良いし、一番陽太のこと知ってるのはオレ……って思ってて』
「うん」
『でも付き合ったらさ、それ全部オレじゃなくなるじゃん。それ、すげーイヤだな、って……思った』
「皐月……」
ペダルを漕いでも漕いでも、皐月の家まではまだ少し距離がある。なんで離れたところに暮らしているんだろう。なんで今、傍にいないんだろう。なんで俺と皐月は、別々の人間なんだろう。
訳の分からない思考は深夜だからなのか、恋心が俺を惑わせるのか。いや、そんなもの、どっちでもいい。皐月が俺を一番に置いてくれているのなら、もう何でもよかった。
「皐月」
『んー?』
「俺も皐月が一番だし、他の誰かが皐月の一番になるの嫌だ」
『ならねぇよ、絶対ならない』
「分かんないじゃん、明日皐月に彼女が出来るかもじゃん」
『いや、全然そんなイメージ湧かないわ。ずっとお前が一番だよ』
「皐月……」
そこからは無言のまま、自転車のスピードを上げる。角を曲がると道の先に、皐月の姿が見えてきた。投げ捨てるように自転車を降り、皐月の目の前で膝に手をつく。皐月も走ってきたようで、途切れ途切れの呼吸が頭上に聞こえる。
「バカ陽太。駄目って言ったのに」
「うん。でも会いたくなっちゃったし」
「……うん」
顔を見合わせると、何だか可笑しくなってふたり同時に吹き出した。ガードレールに並んで腰掛け、肩がぶつかったけど離れる気にはなれない。
「あー、なんか恥ずかしくなってきた」
「なんで?」
「だって陽太にすげーこと言った気がする」
「俺すげー嬉しかったからそうかもね」
「あんな一瞬のLINE気づくなよなあ……」
当たった手に、思い切って指を引っかける。振り払われないのをいい事に、寒いとうそぶいて皐月の指先を全部握りこむ。するとひくんと跳ねて、きゅっと握り返された。なんだこれ。嬉しくて、苦しくて、うっかり泣いてしまいそうだ。
「いーや、俺は気づいてよかったね。むしろ取り消さないでくれてよかったのに。いや、あの一瞬に気づけたのが最高だよな」
「……バカ陽太」
「バカでいいですよー、今楽しいし」
「うん。オレも楽しい」
肩を交互にぶつけ合って、夜空を仰いでケラケラと笑う。本当に、体中が叫び出しそうなほどに楽しい。特別な瞬間は、間違いなく皐月がくれたものだ。
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