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「あーあ、俺帰りたくないんだけど。なぁ、皐月んち泊まっていい?」
「朝練あるだろ」
「そうだけどさー……離れがたいっつうか」
うっかり恋心が滲まないように慎重に、でも素直な想いを打ち明ける。まだまだこの夜を、皐月と共有していたかった。
「じゃあさ、オレんちは駄目だけど……」
「ん?」
拗ねてしまいそうな己と戦っていると、皐月が俺の前に立った。繋がれたままの手を握り直すようにして、皐月はそっと視線を逸らす。
「陽太んち、行っていい?」
「……え」
「お前、帰りたくないって言い出すと思ったから。制服持ってきた」
「え、あ、そのリュックもしかしてそういうこと!?」
「ん……そしたら陽太、朝練行けるだろ。同じ時間にオレも出る。いい?」
「う〜、皐月ぃ! めっちゃ嬉しい!」
「分かった! 分かったからちょっと力緩めろ、苦しい」
「へへ、ごめん」
思わず抱きつくと、火照った頬同士がぶつかった。俺の心はもちろんドコドコとうるさいほどに心拍を上げるが、それを誤魔化しながら自転車に跨る。
「はい、後ろ乗って」
「安全運転な」
「もちろん。大事な皐月くん乗せてますんで」
「おう、丁重に漕ぎたまえ。あー、風寒ぃ……」
俺の背中で暖を取る皐月に好きだと叫びたいのを堪えて、ひとり分重たくなったペダルをグッと踏みこむ。
誰もいない暗い道は、まるで俺たちだけの世界みたいだ。このままずっと走っていたい、だけど早く帰って皐月と眠るのもきっといい。贅沢な悩みを天秤に乗せて、ゆらゆらと星夜を漂う。
「皐月、今日はありがとう」
「100%オレの台詞」
「……ずっと皐月の一番でいたいな」
「ん? ごめん、今のよく聞こえなかった」
「なんでもなーい!」
「ちょ! 陽太立ち漕ぎやめろ離れんな! 寒い!」
この想いは届かなくたっていい。ただ、こんな夜を何度だって、また皐月と過ごせますように。
皐月の慌てた声に笑いながらも、それだけは願わずにいられなかった。
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