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高校二年の修学旅行。
行き先は京都。
一日目の自由行動の時間、俺は幼なじみで親友の空(そら)と、当たると有名な占いの店に行くことになった。
旅行前から、クラスの女子が騒いでいたその店。
普段は俺の提案に、「どこでもいいよ」とついてくることが多い空が、女子の話に珍しく反応して「僕も行ってみたい」と言い出したからだ。
その占いの店で、まさかあんなことを言われることになるなんて……
神社の境内にあるその占いの店。
見るからに古さを感じさせる外観。俺の躊躇いなど気づかずに、すたすたと店の中に入る空。
俺も慌てて横に並ぶと、痩せ細ったおじさんに出迎えられた。神経質そうなその顔が俺達をじっと見つめる。
「予約した青木翔琉(あおきかける)です」
なんとか声を絞りだしそう言うと「どうぞ」とおじさんが指差したのは、狭くて薄暗い廊下の奥の扉。
隣で怖がりの空が、上着の裾をつかんだのが分かった。
変なところに来てしまった………
少しの後悔を振り払うように扉を開くと、さっきのおじさんとは対照的な、身体の大きいおばさんがテーブルの向こう側に座っていた。
おばさんは、顔の大きさに合ってない小さな眼鏡をくいっと上げると「いらっしゃい」そう言ってニヤリと笑った。
テーブルのこちら側にある椅子に、二人で座る。
「ふ~ん。今回も男同士だったみたいね」
俺達の顔を見ると、片方の眉を上げながら言う。
「は?」
何の事を言ってるのか分からず、空と顔を見合わせる。
「あんた達とは、すぐ前の前世でもこうして会ってるから」
「………前世?」
隣で空が不思議そうに呟く。
「そう。私はずっと昔から人の前世が見えるのさ。だからその人のこれからが分かる。それを占いだって言う人がいて、今回は商売にしてみたのさ」
大きな口の片方を上げて、またニヤリと笑うおばさん。
やべー。本当に変なところに来た。
「僕達の前世を、知ってるんですか?」
俺が、いつここを出ていこうか考え始めた時、空はいたって真面目な顔で質問を始めた。
「ああ。あんた達とは、今までの前世で何回か会ったことがある。そのうち二回は夫婦だった」
「「夫婦!?」」
驚きに二人で声が揃う。
「ああ。あんたが旦那、あんたが妻」
最初に空、そして俺を指差す。
ってことは、俺が妻?
「そうか。翔琉、僕の奥さんだったんだ」
………空。何、納得してるんだよ
「前回は、二人とも外国のアイドルグループで、男同士だったし有名なグループだったから、ちょっと大変そうだったよ」
「ふ~ん。それは大変そうだね」
うんうん頷きながら、おばさんと話を続ける空。
「毎回、同じ年に産まれて来るけど、前回はあんたが年末ギリギリ産まれたから、星回りが変わるかと心配したけどね」
空を指差しながら言うおばさん。
「へぇ。僕達は、一ヶ月違いで産まれてきたよ」
「ああ。今回はどうしても一緒になりたかったんだろうね。産まれた場所も近くて、まぁ男同士だったのは残念だけど……現代はそんなの関係ないだろう?」
おばさんの言葉に「そうだね」と笑った空。
お前、何喜んでんだ?
「魂の半身と言うだろう?あんた達はそう言う関係だ。何度生まれ変わっても惹かれあい、一生を共に過ごす。二人が離れないことがお互いを幸せにする。一番最初の前世でそれが出来なかったことを、ずっと悔やんでるみたいだ。でもそれは、そろそろお仕舞いにしな」
「はい」
おばさんの言葉に、素直に返事をした空。
もともと、どこか不思議キャラだったけど、何でこんな話すっかり信じてるんだ?
俺は親友が心配になり始めた。
「こっちは、まだ気がついてないみたいだけど………」
おばさんが俺の方を向いて話す。
「大丈夫、僕が気づかせるから」
自信満々にそう答えながら、俺を見て微笑んだ空。
その笑顔に一瞬ドキっとしたのは、気のせいだよな………
「来世は……おっと、この話は次に会った時にしようかね」
おばさんがそう言うと、「はい」と空が言って立ち上がった。
「翔琉、帰ろう」
俺に手を差し出し微笑む空。わけも分からずその手を掴む俺。
空の大きな手が、俺の手を包む。
「その手を離すんじゃないよ」
おばさんの声を背中に聞きながら、部屋を出た。
帰り際、おじさんにお金を払おうとすると、「懐かしい顔を見せてくれたからいいよ。前回は俺もファンだったからね」そう言って、受け取ってくれなかった。
そのまま、他のクラスメイトと合流してバスに乗り、今日泊まるホテルにやって来た。
「今日は二人部屋だ。事前に決めてあった相手と鍵を受け取って部屋に入るように、食事は18時半から、広間に集合。それまでは自由行動。以上、解散」
先生の声に、それぞれが鍵を受け取って部屋に入っていく。
「翔琉、鍵を貰ってきたよ。部屋に行こう」
「うん」
店を出てからはは、いつもと変わらない空。
俺はずっと、あの占いのおばさんが言ったことが気になって仕方ないのに………
部屋に入っても、食事をしに行っても、さっきの占いの話は全然出なくて、とうとうもう消灯の時間。
壁際のベッドに入った俺。すると当たり前のような顔で空がベッドに入ってきた。
「なんだよ、空はあっちのベッド!」
「だって……ここには抱き枕がないし」
そう言いながら俺の身体を横向きにして、後ろから抱き締める。
身体の大きさは俺より少し大きい空。抵抗して踠いてみても無駄だ。
「子供の頃から、こうして寝てたでしょ」
空の腕にすっぽりと包まれて思い出す。
何かを抱いてないと寝られない空。俺が一緒の時は、大抵こうやって抱き締められて眠った。
何より不思議なのが…………
俺はこうして空に包まれて眠るのが嫌いじゃない。空の匂いも温かさも、俺の心をゆるゆるとさせる。
「………妻だったのかな……」
思ったことが、不意に言葉に出てしまった。
「……そうだよ………きっとそう」
空が耳元で囁く。
「…………空……何か覚えてるの?」
「何かって?」
「だって、あのおばさんの言葉、素直に信じてた」
「うん、昔から繰り返し見る夢があるんだ。翔琉とステージで歌って踊ってる夢」
「……………ほんとに?」
「うん。残念ながら夫婦だったことは覚えてないけど………」
空の腕が抱き締める力を増した。
「翔琉もきっと、もう少しで気づくよ………」
空の唇が髪に触れたのが分かった。その瞬間、目の前に浮かんだ煌めく光の洪水と歓声。隣に立つ空の笑顔。
…………これは
俺は初めて身体の向きを変えると、空の胸に顔を埋めた。
fin
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