石油ストーブ

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夫の顔をまじまじと見つめた。 夫のへの字になった口元や頬のラインが好きだった。 ゴールデンレトリバーのようなあどけない笑い皺の出来る目尻、けれど時々険しくなる眉間、切っても切っても伸びて来るフサフサの眉毛、ふんわりとした癖っ毛の髪、豊かに垂れた柔らかい耳たぶに触れた。 夫はわたしの前髪を手の平でかき上げると、ほんのりと薄い眉毛の流れを確かめながら額の肌触りを味わっている。 「この顔立ちがとても好きだったよ。」 「私も。私も好きだった。」 夫の目に私が映っている。 指で眉毛を撫で、頬骨のラインに沿わせ両手で包み込む。 「嘘みたいだね。」 夫が私の、私が夫の頬の感触を確かめ、自然と唇を重ねていた。 どちらかともなく吐息が漏れた。 石油ストーブの炎とお互いの体温が混ざり合ってあんなに冷え切っていたリビングが今は心地よい暖かさで満たされている。 カカカ、カンカンカン。 カンカン。 石油ストーブの上でヤカンから湯気が立ち始めた。 時折思い出したようにトックンと灯油のタンクが喉を鳴らす。 時計の秒針が規則正しく時を刻み、 互いの心臓の鼓動がそれに続く。 「離れたくない、沙奈さんのそばに居たい。」 「そうだね離れたくないね。」 どちらからともなく腕を伸ばして抱きしめあう。 互いが確かにここに居たのだと確認する様に、背中に回した指に力を込めた。 カカカ、カンカンカン。 石油ストーブの上で熱々になったヤカンが湯気を立てている。 トックン。 思い出したように灯油のタンクが喉を鳴らしてストーブの芯がぼうっと赤くなった。 トックン。 静かだ。 静かな夜が明けてゆく。 私たちは昨日、籍を抜いた。
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