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恵美子
夫は北海道函館市で私生児として生まれた。
高校卒業を間近に実の母親は子宮癌でその短い生涯を終えた。やがて夫は土木工事現場で鳶として働き始め、その飯場に手伝いに来ていたのが恵美子だった。
「重いだろ、荷物は俺が持つから。」
「ありがとう。」
初めは買い出しの付き人として夫が抜擢された。
毎週日曜日には一緒に町のスーパーへと出掛け、一週間分の食材を積んだ軽トラックの中でそれまでの人生を存分に語り合い親睦を深めた。
夫は恵美子に亡くなった母親の面影を重ねるようになった。
「俺、税金払ってないよ。国民年金も払っていない。」
「年金も払ってないの!どうするのよ!」
「もう遅いよ。」
夫には詳らかに出来ない過去がある。
「俺、真っ当な仕事に就きたいんだ。」
「仕事、探せば良いじゃない。」
「この名前じゃ無理だ。」
夫の名前はとあるリストに載っている。
何もかもが初面倒くさいと笑い飛ばす青年の横顔が寂しげに見えた恵美子は驚くべき提案をした。
「なら、私と養子縁組をしなさい!違う名前になって頑張りなさい!」
数ヶ月前まで赤の他人だった二十八歳も年下の青年と養子縁組を結び、次の仕事に就く為の引越し代と当面の生活費用として現金二百万円を工面した。
以来、恵美子は養母として惜しみなく義理の息子に深い愛情を注いだが、心の奥底には熱い恋情を秘め、この二十年間を生き、それが続くと信じて疑わなかった。
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