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誤った判断
恵美子は一人北海道、函館市に戻った。
アパートを借りて一人で暮らすという。
あまりにも突然で突拍子のない出来事に私は戸惑った。
夫は泣いた。
私に隠れて静かに泣き、後悔に苛まれていた。
女としての感情を持て余し、手が付けられなくなったかあさんを追い出すに至った夫の誤った判断は、掛け違えたボタンの様に歪な形を成していった。
季節が移り変わり木枯らしに落ち葉が舞う頃、夫の笑顔は寂しげになり、物思いに耽る様になっていた。夫の心は揺れていた。
(夫はいつかきっと、函館に戻ると言い出す。)
私は夫の顔色を窺い、食卓では奥歯に物が挟まった様な会話をし、夫は函館からのLINE通知が届くと別室や玄関の外に行く。
そこに居る筈はないのに、部屋の隅に恵美子が座ってこちらを見ているような、そんな錯覚さえ覚えた。
そんな折、恵美子が体調を崩した。
(もう。)
夫は私に内緒で仕事を辞め、身辺整理を始めていた。彼の胸の内では、年明けにはもう答えは決まっていた。いつ私に話を切り出すか、それだけだった。
「沙奈さん、別れて下さい。」
「どうして。」
理由など分かりきっていた。
「俺はあなたではなくかあさんを選びました。」
「嫌だ。」
「申し訳ない。」
この瞬間がいつか来る。
それは分かっていた。
「俺の帰りを待っていてくれませんか。」
そして夫の口は酷い言葉を呟いた。
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