第1話

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第1話

東京にある我が家には、異世界の魔王が住んでいる。  魔王ヴァルキアナ。大層な肩書きをしているが、見た目はただの美少女だ。 「ふ……やっと起きたか、東雲相馬(しののめ そうま)」  彼女は鼻先が触れそうなくらいに顔を近づけて微笑む。その笑顔は、魔王というより美の女神という方がしっくりくる。  銀色の髪に琥珀色の瞳。頭の左右から突き出した真紅の二本の角と異形な姿をのぞけば、だけどな。  とはいえ、こいつが平穏だった俺の日常をぶっ壊した張本人にほからない。 「おはよ……って、なんだその格好はっ!?」 「ふむ、これか?」  そう言って俺から少し離れた彼女は、両腕でぎゅっと胸を挟み谷間を見せつけた。 「どうだ、可愛い下着だろ? 『わこぉる』のネット通販で買ったのだ」  レースがふんだんに使われた薄いピンクの下着で、胸元にはリボンの刺繍がされている。  普通、魔王って黒とか紫をエロい下着を選ぶんじゃねーの!?  なのに、なんで俺好みの可愛い系の下着なんだよ……!  めちゃくちゃ可愛くて似合ってるじゃあないか!  彼女の大きくたわわな胸に、どーしても目が離せなくなる。 「相馬よ、我が輩の胸ばかり見ておるが、どうかしたのか……?」 「——ば……! べ、別に見てねーよ!」 「……ふむ、なるほどな」  魔王は俺を見遣り、ほくそ笑んだ。  そして何を思ったのか、彼女は自分の胸を持ち上げて上下に揺らし始めた。 「我が輩の胸を見たいのであれば、好きなだけ見るがいい」 「な……なにいいいいい!?」  ぷるんと揺れる胸に、俺の心臓が早鐘を打つ。体中に血が駆け巡り、全身から大量の汗が噴き出す。 「い、いいから早く服を着ろお!!」 「むぅ……相馬がそうしろと言うなら着るが、いいのか? もっと見てもいいんだぞ?」 「見るかああああ!!」  魔王は文句を言いながら、脱ぎ散らかした服を渋々着ている。  あードキドキが収まらん。  朝からあんな刺激が強いのを見ると、下腹部が大変なことになるだろが……!   「ふむ……これで文句はあるまい」  彼女は納得いかないって顔をしている。 「いやまだある……そもそもどーして毎日ベッドに潜り込むんだよ、おまえ」  魔王には別の部屋があるにも関わらずだ。  なぜか彼女は俺の部屋に入り浸っている。 「……ダメなのか?」  大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、不思議そうに首を傾げている。 「だ、駄目に決まってるだろ……」 「むぅ……なにがダメなのか説明を要求する」  魔王は居直ると、じっと俺を見据えている。  俺がどれだけ耐えてると思ってるんだ?  こんなの我慢するのも限界なんだぞ。 「……年頃の男女が同じベッドに寝るのはまずいだろ?」 「なにがマズイのだ」 「いやだから年頃のだな——」 「ふっ……我が輩は齢千を超えている。問題はあるまい」  口元を緩ませ彼女は優しく微笑んだ。 「……え、は!? せ、千歳!?」 「そうだが……言ってなかったか?」 「聞いてない……」  幼さが残るあどけない顔から、とてもじゃないがそうは見えない。   「では年齢は問題ないということだな」 「あ、はい……そっすね」  魔王は困惑する俺を見て、クスクスと人なつこい笑みを浮かべている。  くそう……なんか揶揄われているみたいだな。   「他に問題はないか?」 「えーとだなぁ……」  揶揄われたままじゃ俺の沽券に関わる。  なんとか一矢報いたいけど—— 「ふむ、どうやら答えは出ないようだな」 「はい……そっすね」 「ふっ、オマエの負けだ」  にっと口元を緩ませ、ドヤ顔をして見せた。  ちくしょおおお!  可愛い顔でそんな表情されたら、俺はもう何も言えないだろ……! 「ふふ、そう悔しそうな顔をするな」 「……誰のせいだと思ってんだよ」 「さあな」彼女は惚けた顔でそう答えると—— 「——我が輩はオマエの寝顔を見たいのだよ」  俺の両頬をむにっと摘んだ。 「はぁ!? なに言ってんの、おまえ!?」 「嫌なのか、うん……?」 「ぐっ……卑怯だぞ、おまえ」 「当然だ。我が輩は魔王だからな」  彼女はくすくすと、控えめな笑い声をもらした。  また今日も言い負かされてしまったな。  毎朝こんな調子だし、このままじゃ俺の身が保たなさそうだ。 「そ、そんなことよりもだ。今日はオマエに頼みがあるんだが……」 「え、俺に頼み……?」 「う、うむ……今日こそは我が輩とデェトしてくれないか?」  そう言うと魔王は、照れて目を伏せた。 「またかよ。これも何度も言ってるがデートはできん」 「むぅ……なぜダメなのだ……?」  彼女はぷくーと顔を膨らませ、不満そうな目を向けてくる。  俺だって女の子と本当はデートしたいさ。  が、そんなことを恥ずかしくて言えるわけがない。 「そんな顔をしてもダメなものはダメだ!」 「相馬は我が輩と一緒にいるのが、そんなに嫌か?」  彼女の琥珀色の目に見つめられ、俺の心が激しく揺さぶられる。 「ぅぐ……いいか、今回だけだからな?」 「むふー」俺の答えに彼女は喜びを顔にみなぎらせた。 「か、勘違いすんなよ? 学校で必要なものを買うついでだからな?」 「うむ、分かっておる」彼女は声を弾ませて、部屋を後にした。  彼女が去った後、俺は再びベッドに身を委ねる。 「あの笑顔は強烈な一撃だなぁ……」  身悶えながら、天井に向かってひとりつぶやいた。  この一ヶ月の間、彼女を部屋から追い出しに失敗している。   「はぁ〜〜……」  魔王が来てからのことを、思い返していた。  ことの起こりは3月の初め。  いきなり母さんが東雲家に魔王を連れて来るなり、 『今日からこの子は我が家に住むことになりました』  と宣言したのだ。  俺も妹も突然のことで状況を理解できなかった。  だっていきなり女の子を連れてきてだ。  その子のことを魔王とか言うんだぞ?  本来なら信じられないんだが。  彼女は普通の人間とは違っていた。  思春期真っ盛りの男子が、美少女と暮らすなんて妄想だけで充分だ。  もちろん俺は猛反対したさ。  でも妹が「お姉ちゃん欲しかったし、いいよ」と賛成しやがった。  結果、賛成2反対1で魔王の同居が決定した。  しかし、その3日後。  母さんの海外に赴任が決まり、俺たちを残したまま行ってしまった。  日本に魔王がいる理由、母さんと魔王の関係性の謎を残したままな。 「本当、無責任な母親だ」  不満を口にして、俺は重い体でベッド降りた。
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