第10話

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第10話

 ゲームを始めてから5分。  その間に、儀式は23回連続で失敗していた。  今回の儀式に使用する菓子は、一箱24本入りだ。  成功するまで何度もチャレンジすればイイと思うんだが。  でも、魔王が、「この一箱で成功させたい」って言っていたからな。  今回の儀式は、この一箱で完結させることが重要なんだろう。  それにしても、魔王は凹みすぎだろ。 「創造主をひれ伏させたことに比べれば、容易いことだというのに……!」  意味不明な言葉を、ずっとぶつぶつと繰り返している。    言葉の意味は理解できんが。  魔王にはそれも必要なことなんだな、きっと。  ただ、ポッキンが不自然に折れた感覚が何度もあった。  魔王が意図的に失敗した、とは考えにくいよな。 「まだ続けるんだよな?」 「も、もちろんだ……! ここで終わっては意味がないからな……!」  彼女の瞳の奥に「まだ諦めない」という強い意志が見える。 「……分かった。だったら今度こそ成功させようぜ」  魔王のためにも成功させてやりたい。  だから最後まで付き合うつもりなのだが——   「——でさ、今さらなんだけど……これ成功したらどうなるんだ?」  そう、俺はまだ「成功の条件」「成功した場合の結果」を聞いてはいないのだ。 「く、詳しくは言えんが……オ、オマエと我が輩が幸福に包まれる儀式だ」 「……はぁ? なんだよ、それ」 「そ、それ以上は聞くな……!」彼女は最後の一本を咥えた。  幸福になれる儀式ってなんだ?  いまいち飲み込めないが、まあ悪い事が起きないなら問題はないか。  最後の一本だし、今度こそ成功させてやりたい。  そんな思いを巡らせ、俺がポッキンの反対側を咥えようとした瞬間だった——  何を思ったのか、彼女がすっと目を深く閉じた。 「それ成功率が下がるじゃないか……?」 「いや……この方が成功率が上がるような気がするのだ!」  目を閉じたほうが失敗しそうなんだが。  でも彼女も考えあってのことだろう。  俺は何も言わずに魔王の顔を見据えた——  って、これ今まで以上に「キス顔」じゃね?  いや待て待て待て。  魔王だってそんなことを考えて、このゲームに興じている訳じゃないだろ。  真面目にやってる魔王に失礼だと思わないのか——って、無理だよ!  あーもう! ますますキスする顔にしか見えんぞ!?  完全に俺の頭の中は「儀式」から「キス」に上書きされてしまってる。  自分の部屋で、美少女とキスしようとしてるんだけど!?  悶々と苦悩する俺を他所に、魔王の唇が近づいてくる。  薄紅色のぷるぷると潤んだ唇。  その唇に釘付けされた俺の心臓がぶるぶると震えている。  あーヤバいヤバいヤバい!  どうするんだ、俺!  このまま魔王とキスしちゃうのか!?  いやね、魔王とキスするのが嫌とかじゃないんだよ?  ただ「儀式」に託けて、「キス」するのは俺の流儀に反するだけなんだが——    魔王の口から漏れる吐息が俺の鼻先に触れる。  ——バクンバクン! 甘くていい匂いの吐息に、胸が張り裂けそうになる。 「……ふぉーしたのら?(どうしたのだ?)」  不意に眼を開けきょとんした魔王の顔に俺の心臓が最大に飛び跳ねた。 「な、なんれもないれす……」 「ふぉうか(そうか)……れはふふけるふぉ(では続けるぞ)」 「——ひゅっ!?」  ま、魔王の鼻先が俺の鼻に触れた!?  どどどどーするんだ?  もうここまで来たら回避不可だぞ——  ——バキ   今日、何度も聞いたポッキンが折れた音。  それは儀式に終了の合図でもある。  まあ、終わらせたのは俺なんですけどね。  魔王とキスするのが怖くなっただけという、なんとも情けない理由だ。  いやね、心の準備とか。  もっといい雰囲気を作ってとか。  そういうのを大事にしたいというか。  どちらにせよ俺は根性無しのヘタレですよ、はい。  「儀式失敗してすまん」素直に口から出た言葉。  俺は魔王に頭を下げたのだが—— 「……い、いや構わん」  なぜか魔王は妙に落ち着きがないし、ソワソワとして、前髪をいじっている。  顔も耳も茹で蛸みたいに真っ赤だ。  儀式が失敗したってのに、落胆するでも怒るでもなく……これ照れてるのか? 「うぅ〜……」唸り顔に恥じらい色を溢れさせた彼女は、上目遣いで俺を見ると—— 「きょ、今日はここまでにしといてやる……」  言ってぐしゃりと箱を握りつぶした。
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