第3話

1/1
前へ
/13ページ
次へ

第3話

 その日の午後。  俺と魔王はショッピングモール1階にあるカフェのテラス席で、まったりしていた。  席は店内にもあるが、今日みたいに暖かくて天気が良い日なら外の方が断然良い。 「ふむ……しかしこの施設は素晴らしいな」  魔王は興味深そうに、周囲を見回している。  さすがの魔王もモールのデカさに、驚きを隠せないようだな。  地上5階建。  総店舗数は約500店舗にシアター完備。  駐車スペース8000台。  ここまでデカい建築物は、異世界にはないだろう。 「——な、すごいだろ?」 「うむ。我が居城にあったスライムの飼育小屋と同じ大きさとはな」 「ス、スライム!?」 「世界に一匹しかない金を産む特別なスライムのためのな」  ふわっと吹く風を受け、魔王は髪をかきあげた。 「こんな小さき建物に、多くの店を詰め込む技術は、まさに賞賛に値するな」 「え、はい……そっすね」  飼育小屋がモール並みだと? じゃあ魔王の城はいったいどれだけのデカさなんだよ!?  魔王とのスケール感が違いすぎて、俺には想像もつかんな。 「あ……違うと言えば、おまえの魔法陣もまたすごいな」 「ふっ、当然であろう。我が輩を誰だと思っているのだ?」  ふふんと、魔王は誇らしげに答えた。  こいつは魔王だ。見た目からこっちの世界の人間とは違うからな。  頭からツノが生えた美少女なんて、目立って仕方がない。  だから彼女は、ここ『桜ノ宮市』全域を魔法陣で覆ってしまったのだ。 「人の認識をズラす……だっけ?」 「うむ、人の常識をずらし、非常識を常識へと誤認させるのだ」 「だからおまえの姿を見ても——」 「——誰も気にしないのだ」  言って、彼女は苺フラペチーノのクリームをずずっと吸った。  その効果は絶大で、桜ノ宮市に入った人間全てに影響する。  さらに魔法陣による悪影響もないし、効果もほぼ永遠に続くとか。  だから魔王を見ても、誰も違和感を持ってないはずなんだが—— 「なんかすごく見られてないか?」  席に座っている客や、近くを通り過ぎる人達全員が、魔王をじっと見つめている。 「気のせいだ。我が輩を見てるわけがあるまい」  魔王は興味なさそうに素っ気なく答えたが、気のせいじゃない。 「可愛くてキレー」 「あれ、アイドルかなアイドルかな!?」 「写真撮ってもいいよな……?」  あちこちから聞こえる賞賛の声。  それと同時にシャッター音が聞こえてるんだけど、連中盗撮でもしてんのか?  ま、気持ちは分からないでもない。  椅子に座ってるだけでも、魔王は絵になるからな。 「チッ、隣の男は誰だよ?」 「クソダサい野郎だな」 「羨ま死ね!」  ただ彼女とは対照的に、俺には嫉妬と敵意のこもった声が飛び交っている。  店の雰囲気は最高なんだが、今の状況は最悪だなぁ。 「ふぅ……そろそろ帰るか——って、どうしたんだよ?」 「——あれを見ろ、相馬」  彼女が指差した先に、空を覆うように光の輪が浮かんでいた。 「なんだ、あれ!?」 「召喚(ゲート)……この世界と異世界を繋ぐ門だ」 「召喚? 門? 異世界ぃ!?」  光を見る魔王の真剣な表情に、俺は底知れない不安を覚えた。 「——来るか」彼女がそう言った瞬間、光の輪が大きく開いていく。  ——ぐおおおおおおおおおおおおお!!!  切り裂くような咆哮と共に、門の向こうから巨大な影が現れる。  真っ赤な鱗、鋭い爪、逞しい翼。まさにそれは——    ドドドドドドドド……ドラゴンんんんん!!?  門から姿を現した禍々しい真紅のドラゴンは、勢いよく駐車場に降り立った。   「な、何がどうなってんだよ……これ、夢とかじゃないよな!?」 「安心しろ、これは現実だ」魔王は優しく答えてくれた。  これが現実なら、全く安心できない。なのに、なんで魔王はこんなに落ち着いているんだ!?  ドラゴンの出現に、悲鳴を上げて逃げ出す人たちで溢れかえっている。  店員は必死に客をなだめているが、店員が怯えた顔をしていたら逆効果だ。 「なあ、魔王……俺たちも逃げた方が良さそうだな——」 「よし、おまえには一番の特等席に連れて行ってやろう」  立ち上がった俺の手を、魔王はがっつりと掴んだ。 「え、特等席って何を言ってんだよ、おまえ」 「ふむ、我が輩がドラゴンを倒すところを見たいだろ?」 「は……はいいい!?」  ドラゴンをパッと見ただけでもかなりデカい。  片足だけでも、10台以上の車がグシャグシャに踏み潰されている。  あんな巨大生物に勝てる見込みがどこにあるんだ……!? 「——心配するな」 「外、危険だろ!?」  動揺する俺に、彼女は微笑んで、 「ふっ、大丈夫だ。このモールにいる全ての人間共に防御魔法をかけておいたからな」  安心させるように優しい口調で答えた。 「——な、なにぃ!?」  少なくとも数千人以上の人間がいるんだぞ!?  その全てに防御魔法をかけたってのか!? 「さあ、行くぞ」 「い……いやあああああああ!!!」  嫌がる俺を魔王は引きずって、ゆっくりとテラスを出た。  大勢の人たちが、モールの入り口に向かって逃げていく。  魔王は人波をかき分けながら、鼻歌交じりで歩き始めた。    まるで散歩をするかのように——  ◆  テラスを出た俺たちに、ドラゴンが放った炎の矢が襲いかかってきた。  無数の矢が流星のように降り注ぎ、次々と地面に突き刺さっていく。  矢先が接したコンクリートの床が、シューっと音を立てて溶け落ち穴が空いていく。  ちょっと待てよ! あれってコンクリートが蒸発してるのか!?  コンクリートが融解する温度は1200℃だ。  溶かすんじゃなく、蒸発させるってどれだけの熱量があるんだよ!? 「だ、大丈夫なのか、おまえの防御魔法は——」  ——ドドドドド! 降り注ぐ紅蓮の矢。 「ふっ……そこで見ておくがよい」  そう呟くと、彼女は降り注ぐ炎の矢を指一本で全て払い除けていく。  って、なにが起きてんだああ!?  コンクリートを蒸発させる炎の矢を、生身で弾いてるんですけどお!! 「——ふん! なんと脆く弱々しい炎だ。これなら佳奈のコーヒーの方がまだ熱いぞ」    魔王は指先をペロリと舐めて見せた。  グオオオと咆哮を上げ、ドラゴンは再び飛び上がると、上空を旋回し始めた。  俺たちを監視してるのか?  いや魔王の強さを目の当たりにして、迂闊に手を出せないようにも見えるな。  旋回しながらも、ドラゴンの視線はずっと俺と魔王を捉えていた。  魔王が弾いた炎の残り香りがまだ空気中に漂っている。  ドラゴンはまだ旋回を続けている。  俺としては、このまま何処かに行って欲しいってのが正直な気持ちだ。  だが、ドラゴンはそんな気は微塵もないんだろうな。  ——グオオオオオ! 咆哮を上げたドラゴンが大きく口を開けた。  刹那、ドラゴンの口から蒼炎の(ブレス)が吐き出されるが—— 「——くだらん」  魔王はその攻撃すらも、指一本でかき消してしまった。  あ……圧倒すぎやしませんかね、魔王は!!  相手はドラゴンだよ、ドラゴン!  そのドラゴンの攻撃を全部、指一本でしのぐとかどうなってんの!?  ドラゴンも大概だが、魔王の強さは異常すぎるだろ……!  そんな魔王の近くにいたからだろうか。  俺の中にあった恐怖心はいつの間に消えていた。  たぶん魔王の強さへの安心感に依るところが大きいんだろう。  ドラゴンは再び咆哮をあげ、大きな翼を広げて地上へと降りてきた。  デ……デェケえええええ!!  近くで見ると、その威圧感に圧倒されてしまう。  ドラゴンの憤怒で歪んだ顔に俺の心臓はぎゅっと縮み上がった。  しかし、俺とは対照的に魔王は余裕の表情を見せていた。  むしろ笑っているかのように見える。 「貴様……何故、儂ノ邪魔ヲスル」  喉を低く鳴らし、ドラゴンは威嚇するような口調で喋りはじめた。 「え……ドラゴンって喋るの……!?」 「ドラゴンが喋るのは当たり前だ。そんなことも知らなぬのか、相馬……」  何も知らないんだな、という顔で魔王は俺を見遣った。  いや知らんし!  さっきも「ぐおおお」って鳴いてたじゃないか!  そんなのが人語を喋るとは思わないだろ……! 「ドラゴンは高い知能を持ち人語を解すのだが……これは常識だぞ?」  魔王は優しい口調で語り、諭すように説明してくれた。 「え、あ、はい……すみません」 「よろしい」  彼女はそう言うと、再びドラゴンに向き直った。  その表情はどこか穏やかで、瞳には余裕すら見える。 「——貴様は我が輩が邪魔だと言ったな」 「ソノトオリダ……人間ゴトキガ儂ニ刃向カオウナド——」 「黙れ、トカゲが……! 貴様が我が輩達のデェトを邪魔したのだ……!」 「黙レ、惰弱ナ人間ガ——!!」  ドラゴンの咆哮が、大気を振動させた。  ——ブオン! ドラゴンは身を翻し、尻尾を振り下ろした。 「フハハ、砕ケ散ルガヨイ!!」  強靭な一撃が土埃を舞上げ、魔王に襲いかかる。  だが、魔王は凛とした表情を浮かべたまま、その場から動こうとしない。  ——ドオンっ!   巨木のような尻尾が魔王に直撃し、刹那、強い衝撃が俺の体を貫いた。  ドラゴンは喉を鳴らし、歓喜の声をあげている。  捉えたその一撃が魔王の命を絶ったと確信しての、雄叫びだろうが……しかし—— 「……これが貴様の本気か?」 「——ナ……!?」ドラゴンは瞼を瞬かせ、青ざめて呆然としている。  その気持ちは十分に分かる。  自慢の一撃が魔王にはまっったく効いていないんだからな。  魔王は体に着いた土埃をパッパと払い落として—— 「——昔、滅ぼした炎龍にまさか生き残りがいたとは……驚きだな」 「ナニ滅ボシタダト……?」 「ほぅ……四百年前、エンデ・ガウエンの炎龍絶滅を知らぬと言うか」  魔王の言葉に、ドラゴンは恐怖に震え怯えた目を向けている。 「……ナゼソノコトヲ知ッテイルノダコノ地ノ人間ガ——!?」 「なぜだと……我が輩が滅ぼした本人だからに決まっておるだろうが……!」 「本人ダト——マサカ貴様ハ、アノダトイウノカ!?」 「ヒィッ!!」ドラゴンは悲鳴を上げ、逃げだすように飛び立った。しかし—— 「逃すか、愚か者が——デェトを邪魔した報いを受けるがよい……!」  ——穿て、黒き(いかずち)よ!  魔王が叫ぶと同時、彼女の手から無数の黒い刃が放たれた。  逃げ惑うドラゴンを刃が追尾するが——  ——ドオオオオオオオンっ!   刹那、激しい雷鳴が轟きドラゴンの体を貫いた。  激しい閃光に全身を斬りつけられ、ドラゴンは身を捩らせている。  苦悶の咆哮を上げてもなお、魔王は容赦なくドラゴンを責め立てる。  そして最後の一撃がドラゴンを撃ち抜くと、 「ぎゅおお……」  か細い断末魔を上げ、ドラゴンはドスンと地上に落ちた——  ◆ 「——ふん」  軽自動車サイズもある頭を踏みつけ、魔王は冷たく吐き捨てた。 「……なあ、ソレ死んでるのか?」 「いや死んではおらん」  魔王の激しい魔法攻撃を受けて、まだ死んでないのかよ。 「とてもそうは見えないけどなぁ」 「ドラゴンの生命力は底知れぬからな」  俺は魔王の言葉を確かめるように、爪先でドラゴンの頭を数回蹴ってみた。  たしかにドラゴンは蹴るたび、微かに反応を示している。 「……なあ、さっきの滅ぼしたって本当なのか?」 「ああ、本当だ——しかし、それは竜族が我が輩の国を滅ぼそうとしたからだぞ」 「え……そ、そんなに危険なのこのドラゴン……?」 「うむ。だからムカついて逆に滅ぼしてやったのだ」  彼女は悪びれもせずにそう答えた。  異世界の国を滅ぼす危険なドラゴンか。  もし魔王がここにいなかったら、どうなってたんだ……?  最悪な事態を想像し、俺は背筋がゾッとした。 「……それでどうするんだよ、これ?」 「ふむ……そうだな」魔王は、眉間に皺を寄せてしばらく考え込んでいたが——  突然、彼女はドラゴンの額に手を当て、    ——汝、我との盟約を結び、永遠に忠誠を誓え  唱え終えると、巨大なドラゴンの体があっという間に小さくなってしまった。 「可愛いものだ」魔王はドラゴンを摘み上げ、ポケットの中にしまい込んだ。 「……え、持って帰んの……?」 「もちろんだ。こいつは我が輩の使い魔にするからな」 「え、使い魔ってなんだよ——!?」 「気にするでない……それよりもデェトの続きをしようではないか、相馬」  声を弾ませた彼女は満面の笑みを浮かべ、俺の腕に絡みついた。  その顔はまさに天使のようであった——
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加