第5話

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第5話

 すぅーはーと、俺は深〜く深呼吸を繰り返す。  その行為を魔王は不思議そーに見ていたが。  何度か呼吸を繰り返し、俺はなんとか平常心を取り戻し—— 「まあ、あれだ……えーっとおまえが盗撮とかされるのは困る」 「ふむ。ではスカートの丈は検討しよう」  彼女は満足そうに微笑むが、俺の膝から降りる気配はない。 「……あの、そろそろ降りてもいいんじゃないのか……?」 「まだ終わってはおらぬ」 「は、もうちゃんと答えただろ?」 「素直なおまえに、褒美を与えねばならないのでな」  言うと、彼女は飴玉を俺に手渡し—— 「我が輩の口に飴を入れることを許す……光栄に思うがよい」  小さな口を可愛らしくあーんと開けた。  その仕草に、俺の鼓動が激しく飛び跳ねる。  ぬおおお! そんな可愛い顔すんなああ!  ぶっ飛びそうになる理性を押さえ、俺は飴玉の包装を剥がした。 「……じゃあ……い、入れるぞ」  俺の言葉に彼女は深く頷く。  これ、すごくヤバい事してるみたいで、背徳感が半端ないんだけど?  飴を持つ指先が緊張で震えている。 「ふっ、困った顔をしてカワイイな、相馬は」  魔王の言葉に、カーッと体中が熱くなって、変な汗が出てるんだけど!? 「う、うるせえよ……ほら、早くしろ」  かぽっと彼女の口に飴を入れ、俺は安堵のため息を漏らした。  くそ、こんなの心臓に悪すぎるだろ。  人の気も知らないで、魔王は機嫌よさそうに唄を口ずさんでいる。 「ふふ……昔を思い出すな」 「……昔?」  彼女は目を細め、笑みを零す。 【昔】という言葉(キーワード)と、魔王の意味深な表情に、俺の心が少し騒つく。  何にイラついてんだ、俺は。  千年も生きてりゃ、他の男とこーいう事があっても変じゃないだろ。 「ふむ……顔を顰めてどうしたのだ、相馬?」 「え……そ、そんな顔はしてないと思うぞ……」  狼狽える俺の様子を、彼女はふっ、と笑い—— 「何か勘違いしてるようだが……昔とはおまえが赤子の頃の話だぞ」 「はあああ!? 俺が赤ちゃんの頃だとおお!?」  彼女が言ってる意味が理解できない。  魔王と出会ったのは、最近だぞ? 「え、えーと……?」 「なんだ、覚えておらぬのか?」彼女はそう言うと、少し残念そうな表情を浮かべ—— 「……まあ仕方あるまい。なにせ最後に出会ったのはおまえが5歳の頃だしな」  は……はあああ!? 5歳ぃ!!?  そんな子供の頃なんて覚えてるわけがない!  その前に幼少期に魔王と出会ってたって、どういうことだよ?  ……いや待て! もしかしたら一つだけ可能性がある。それは—— 「もしかして俺や母さんは異世界人なんだな?」  異世界の住人だったならあり得る。  でなけりゃ、魔王と出会う機会なんてないはずだ。 「——うん? おまえはこの世界の住人だが?」 「ち……違うの?」 「うむ、全く違うな。マリアとはこの世界で出会ったのだしな」 「え、それっていつの話だよ……?」 「ふむ。白鳳の屋敷に世話になっていた時期だから……二十年以上も前だ」  衝撃の事実だ。  まさか二十年も前から、魔王はこの世界にいたなんてな。  母さんが魔王と関係があるのは、なんとなく察していたが…… 「——そこでマリアは我が輩の専属メイドをしていたのだ」 「マジかよ……母さんにそんな過去あったのかよ……」  今は大手企業のバリキャリの母さんが、メイドだったとはな。  あまり昔を語ることがないから、俺も妹も聞こうとしなかった。  さすがに『魔王のメイドしてました』とは言えねーよなぁ。 「うむ。おまえを産んでしばらくもメイドを続けておったのだが……」  彼女は遠い目をし—— 「我が輩は、おまえのオムツを替えたり、抱っこしたりしてたのだぞ」 「可愛かったなぁ」とニヤリとほくそ笑んだ。  オ……オムツだとおおお!?  魔王が俺のオムツ交換してた——はっ!?  え……今の【可愛い】って、赤ちゃんの俺が可愛いって意味だよな!? だよな!? 「それとおまえはだな——」彼女は少し照れたように頬を赤らめ—— 「“僕、偉くなってお姉ちゃんと絶対に結婚するから約束だよ“、とな?」  そっと目を伏せた。  う……うぎゃあああああああああ!!!  ガキの俺、なに言ってくれてんだよおおおおお!? 「——それが嬉しくてな。だからおまえと同じ高校に行きたくなったのだ」  あ……そうか。  それで魔王は俺と同じ学校にって考えたのか。  ん〜……それはそれで嬉しいが、反面恥ずかしさもあるな。 「だから……今度は相馬に認められるよう、我が輩は努力するから見守ってくれ」 「お、おう……分かった」  ん? もう魔王という存在なのに、今更なにを努力するんだ?  ……と、聞きたいけどそれは野暮だな。 「そ、それでだな……その、あの……我が輩にも褒美をくれぬか?」 「……ん、褒美? 別にいいけど、なにが欲しいんだ?」 「まあ、えーと……あのおまえの——」  彼女は潤んだ琥珀色の瞳をし、顔を寄せてきた。  ち……近い近い顔が近いぃ!  俺の心臓が破裂しそうなくらい、ドキドキが止まらないんだが!? 「なぁ、相馬——」 「あー……お邪魔かな」 「はぅぁあああっ!?」  突然聞こえて来た妹の声に、俺の心臓が飛び跳ねた。 「い、いつからいたんだ、おまえ!?」 「……ノックはしたよ」  妹は抑揚のない声で答え、はぁ、とため息を漏らした。 「限定ケーキ、一緒に食べようと思ったんだけど……必要ないみたいね」  おもいっきり不満そうな表情をし、妹を俺を睨んでいる。 「ちょっと待て、妹よ! これには事情が深い事情があってだな!」 「ふーん……魔王さんを膝に乗るような事情ってなにかな?」 「え、いやそれは——」 「それは?」  くるくると茶色の毛先をいじり、妹は俺の答えを待っている。 「えーっとだな…‥うーえー……」 「……理由、まだかな? 佳奈も暇じゃないんだけど」 「もう少しだけ待て……! いま、良い案が出そうなんだが——」 「ふぅん……良い案ね」  妹ははぁ〜とわざとらしいため息を吐くと—— 「——しばらく話しかねないでね、お兄ちゃん!」  妹はドン、と勢いよくドアを閉めて、ドスドスと階段を慣らして降りて行く。 「こ、こええ〜……あいつの方が魔王みたいだぞ——って、どした?」 「うぐ……」  魔王は赤面した可憐極まる表情で固まっている。 「ん? おまえ、顔真っ赤だけど、どうしたんだ——」  そう問いかけた瞬間、魔王は突然ベッドに突っ伏して、頭から枕を被ると—— 「むぅぅぅぅーーーーーー!!」  泣きそうな声で絶叫して、足をバタバタとさせていた。
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