第6話

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第6話

ドラゴン出現から一週間が経過していた。  世間ではワイドショーやニュースなんかで、未だその話題で持ちきりだ。  だが! 今日の俺にはそんなことよりも超重大イベントが待ち構えていた。  それは聖王樹学院の入学式だ。  魔王はカレンダーに×印をつけて、入学式を楽しみにしていたようだ。  けど、それとは逆に、俺は数日前から今日まで落ち着かないでいた。    理由は、新入生によるスピーチの代表に俺が選ばれたことだ。ま、不本意ではあるがな。  入学式では、入試成績が優秀な新入生が毎年2人選ばれる。 「……ふぅ、緊張した」  この学校、スポーツや勉学が優秀な人材が集まる超有名高校。  来賓席には、議員や著名人、地元の名士たち。それと優秀な同級生たちを前にしたスピーチだ。    緊張するなってのは、無理な話に決まってる。  で、俺は緊張の中、スピーチを終えて壇上から袖に戻ってきたところだ。 「うむ。見事な演説だったぞ、相馬」  笑顔で出迎えてくれた魔王は、俺の額の汗をハンカチで拭う。 「そ、そうかな? こんなの初めてだから、上手く出来たか心配だったけど——」  言い終わる前に、いきなり彼女は俺の頭をぎゅっと抱き寄せた。 「——ちょ、おま、離してくれよ!」 「だめだ」彼女は優しく呟くと、スンスンと俺の頭を嗅いでいる。 「……ふむ、これは緊張の汗だな」 「えっとだな……匂い嗅がないでくれるか?」 「いいではないか。我が輩はこの匂いは嫌いではないぞ」  言うと彼女は顔を更に頭に押しつけてくる。  う……うおおおおお!!  これはめちゃくちゃ恥ずかしいぞぉ!?  それに——魔王の柔らかい胸に顔が埋もれているんだが!!  しかもめっちゃいい匂いさせてるし……! 「ふっ、抵抗するのを諦めたようだな、相馬」  諦めたわけじゃないが……ヤバい。  魔王の半端ない包容力に、思考が停止して抗うことが—— 「——ってぇ、ダメだろ!」  魔王の腕を払いのけ、俺はなんとか脱出することができた。  あ、危なかった……このまま魔王に堕とされるところだったぜ。  突然のことに魔王はきょとんとした顔を浮かべていた。  教師たちからの冷たい視線と、生徒会長がジト目で睨んでいる。  本来なら教壇には代表者2名だけしか許可されていない。  だが魔王は「保護者だ」と教師たちを迫力で押し通したのだ。  その堂々とした態度に、誰も彼女に逆らうことはできなかったのである。 「コホン……イチャつくのは後にしてくれないかな?」  俺を睨むのは生徒会長の葉月流花(はづきるか)さんだ。  「んん」とわざとらしく咳払いをし、メガネをクイっと持ち上げ、 「スピーチはよく出来たと思うが——」  彼女は、俺のネクタイをギュ〜〜っと締めつけてくる。 「く、苦しいんですけど……!」 「ふふふ。生徒会長の私の前でいちゃついた罰だよ」  なんだよ、その罰は!  それって葉月先輩がムカついたとか、個人的な理由じゃないよな!? 「今後は、イチャつくときは気をつけるように」 「——い、以後気をつけます」 「よろしい」葉月さんは言って、俺の肩をぽんぽんと叩いた。  こ……怖ええ。  魔王とはまた違った怖さを、この人から感じたぞ。  先輩を怒らせないようにしなきゃな。 「——それにしても」  先輩は魔王を見遣った。 「風紀を乱すような事はしないようにね?」 「——はい?」 「この学校、恋愛禁止とかじゃないけど……過激な行為は看破できないからね」  先輩は言いにくそうな表情で、俺を見ている。 「そそそそ、そんなことしませんよ!!」 「……そんなに慌てるなんて、怪しいわね」 「ま、まだ俺たちそんな関係じゃありませんって」 「ふーむ」訝しそうに呟く先輩。  めちゃくちゃ疑われてるんだけど。  確かに魔王はスキンシップは激しいけども! 「んー……まあほどほどにね?」 「——いや変な事しませんけど!!」 「はっ……少しは静かにできないのか」  俺と先輩の間に突然、冷たい声が割り込んできた。  ◆ 「えっと、たしかお前は……桐壺洸哉(きりつぼこうや)だっけ?」  こいつも新入生代表の一人だったよな。  つか、ずいぶんと態度がデカいな。 「——ちっ。愚民ごときが気安くオレ様の名を呼ぶな」  舌打ち!? しかもゴミでも見るような目で、俺を見てるんだけど……  いやその前に、今『愚民』って言ったよな?  初対面の人間に……しかも同級生を『愚民』呼ばわり!? 「こいつがオレ様と同じ新入生代表か。この学校の品位もずいぶんと地に落ちたな」  桐壺は冷たく吐き捨て、葉月先輩を睨みつけた。 「そもそも貴様が生徒会長なのが間違いなんだよ、葉月流花!」 「そんなことはないわ……私は生徒会長としての責務を果たして——」 「はっ! 庶民の貴様が生徒会長の責務だと……調子に乗るなよ、愚民が!」  えーっとこれ何が起きてんの?  一年生の桐壺が、生徒会長の先輩を糾弾してるって変だろ。 「だが安心しろ……これからはオレ様が王として支配してやる……!」  な……なにを言ってんだ!? 自分が王って!? 学校を支配する!?  葉月先輩は黙ったまま、拳を握り締めていた。  桐壺の優越感に浸った表情で、先輩を見下ろしている。  つか、ここにいる教師たちは俯いて黙ったままなのか!?  どうして誰も桐壺を止めよとしないんだよ!! 「お、お兄様……あの、そろそろ」  桐壺の前に一人の少女が立ち塞がった。  小動物のように身を縮めて、怯えたように上目遣いで桐壺を見る少女。  桐壺の暴挙を止めるように、俺たちの間に割って入ったのか……?  つか、桐壺の事を「お兄様」って桐壺の妹!?  儚げな雰囲気、桐壺とは似ては似つかない美少女だけど——   「——く、首輪ぁ!?」  言葉に彼女は怯えた目を俺に向け、さっと首を手で隠すように掴んだ。    え、えーっと……実の妹に首輪なんてするか!?  桐壺の性格ならあり得ないことはないが……妹だぞ!!   「ご、ごめんなさい……!」 「いや別に謝る必要はないんだが……?」 「あ……そうですよね……ごめんなさい!」  謝りすぎだろ、この子。 「誰が平民と話していいと許可した、月読(つくよみ)ぃ!」 「——あ……!」  ——ドス! 桐壺のつま先が、彼女の腹部に直撃する。 「オレ様の奴隷が、平民と口を聞いていいと思ってるいるのか、ああ!」  ——ドス! ドス!   蹴られるたび、桐壺の妹が苦痛の悲鳴をあげる。  な……なんだよ、この異様な光景は。  今日はめでたい入学式だぞ!!  そんなめでたい日に妹になにやってんだ、この男は……! 「ひぅっ」月読は小さく怯えた悲鳴をあげ、その場にうずくまっている。  苦悶の表情で悶える彼女の髪を、桐壺はぐいっと掴み上げた。  葉月さんは顔を強張らせ動けないでいた。  俺だって状況を理解するので精一杯だけど……もう我慢の限界だ。 「そこまでにしろよ、桐壺……!」  俺は月読の前に立ち、まるで彼女を守るように桐壺を睨みつけた。 「なんの真似だ、愚民が……月読を庇うつもりか?」  桐壺の鋭い眼光が、俺を見据えている。 「——ただのお節介」 「邪魔だ、退け……!」 「嫌だね。ここは退かねーよ」 「——ちっ」桐壺は忌々しそうに舌打ちし、 「これ以上愚民の相手などできるか。時間の無駄だ」  桐壺が捨て台詞を吐き捨て背を向けると、俺は床にうずくまる月読に歩み寄った。 「大丈夫か?」  そう声をかけながら、ゆっくりと片膝をついて少女と目線の高さを合わせる。 「ごめんなさい……」  怯えた様子で身体を丸め、まるで傷ついた小動物のように弱々しい。 「——月読ぃ!」  桐壺の怒声に近い叫びに、月読はビクッと体を震えさせた。 「……お兄様が呼んでるから……」  彼女はゆっくりと立ち上がると、桐壺の後を追いかけいく。そして—— 「あの……ありがとうございます……」  寂しげな笑みを浮かべると、さっと踵を返し桐壺と一緒に壇上へと向かっていく。 「あの噂、本当だったのね」  葉月さんがぽつりと呟いた。 「噂……ですか?」 「ええ。実の妹を奴隷として側に置いてるって噂よ」  先輩は嫌悪の混じった深いため息を吐いた。
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