第8話

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第8話

「オレ様を讃えよ」  会場全体に割れるような拍手。  この拍手が意味するもの。  それは教師や新入生たちが桐壺を認めたという事実。  桐壺の専横を止めようとする奴は、誰もいない。  来賓席の偉そうな連中、教師や父兄も桐壺に逆らえないってのかよ……!  鳴り止まない拍手の中、壇上に現れた魔王の姿に、会場内はどよめきに包まれた。 「……なんだ、貴様は!」 「——頭が高い!」  ——ダン! 激しく桐壺の体が床に押し付けられる。  魔王に跪く桐壺。  誰もがその異常な光景を呆気に取られていた。 「……な、なんだこれは!? 王であるオレ様がなぜ貴様にひれ伏しているのだ!?」  激昂し叫ぶ桐壺を、魔王は冷酷な瞳で見ている。  まるで虫ケラを見ているかのように。  抑揚の抑えた冷たい口調で、「……滑稽だな」吐き捨てるように言う。 「こ、これは貴様の仕業なのか……!?」 「——黙れ」  言って、魔王は桐壺の背中を踏みつけた。 「き、貴様、こんな事をしてただで済むと思うのか!!」 「ふっ、そんな格好で威勢がいいな……いや虚勢か」  魔王は踏みつけた脚をさらに深く押し込む。  痛みに耐えかねた桐壺が悲鳴をあげるが、誰も助けに行こうとはしない。  魔王が放つ圧倒な威圧感に、教師たちは身動きできないようだな。 「——貴様の負けだ」 「オ……オレ様が負けただと……そんなこと認めるかああ!!」  冷笑する魔王に桐壺は激しい怒りを滲ませていたが—— 「——黙れ」  ——ズン! 魔王の全身から溢れ出した殺気が桐壺を襲う。  刹那、「ひ、ひぃ……!」桐壺は小さな悲鳴をあげ震えていた。  萎縮し恐怖に顔を歪める桐壺からは、先ほどまでの威勢を感じられない。  勝利を確信した笑みを浮かべ、魔王は舞台の前へ一歩踏み出すと、 「聞け、貴様ら——!」  建物を揺るがすほどの大声を張り上げた。  な、なんて大声だよ。  マイクを使わないで、会場端まで魔王の声が響いてる。 「虚構の権力にひれ伏すな! 強く尊厳を持ち人間として生き続けるがよい!」 「良いな!」魔王が踵を返し舞台を去ろうとした瞬間——  ——どおおおおお! 会場が割んばかりの歓声が湧きあがる。 「魔王様ー」「かわいい」「最高だぁ!」場内を埋めつくす称賛の声。  えーと……これ入学式だよな?  アイドルのライブみたいになってるんだが!?  大盛り上がりする異常な状況に、葉月さんはぽつりと呟き、 「……こんな入学式は初めて……ははは……」  茫然としてただただ眺めていた。  ◆  鳴り止まない歓声を背に、袖脇に戻ってきた魔王はかなり上機嫌そうだ。 「……あれ、どーすんだよ?」  壇上では教師達が、必死に落ち着くように生徒たちに叫んでいる。 「ふっ、放っておけ」魔王は素っ気なく答えた。  もう無茶苦茶だな。  この混乱はしばらく続くだろうから、入学式は中断だな、こりゃ。  魔王は退屈そうにあくびをして、んー、と伸びをしている。  はぁ、まるで他人事だな。  入学式を混乱させたってのに。 「なにを呆れているのだ、相馬」 「……なにをっておまえなぁ。誰のせいで——」 「それよりも相馬、ちょっといいか?」 「な、なんだよ……」 「おまえの為に頑張った我が輩を褒めてくれぬのか?」  魔王はそう言うと、腕を絡めてきた。 「言ってる意味がわからんのだが……?」 「ふむ、相馬は鈍いな……我が輩はおまえの仇を取ってやったのだぞ」 「ん? んんん?! もしかして桐壺のことを言ってんのか!?」 「うむ。おまえを愚弄したあの男の自尊心を折ってやったのだ」 「満座の席でな」嬉々と語る彼女に、俺は背筋がぞっとした。 「……ちょっと待て。そんな理由で騒動を起こしたのかよ……!」 「そんなと言うが、我が輩が動くには十分な理由なのだぞ?」  おいおいおい……!  俺が【愚民】って罵られただけで、入学式をめちゃくちゃにしたのかよ。 「……気持ちはありがたいが、少しは自重しろ」 「ふむ、肝に銘じておく」  魔王はクスクスと笑いながら、俺の頬に手を添えた。  返事はいいんだよ、返事はな。  ただ俺の言うことを聞かないんだよな、こいつは。 「はぁぁぁあああ〜〜〜」 「……どうした、相馬? なにかまだ悩みがあるのか?」  彼女は心配そうにし、俺の頭を撫ではじめた。 「なにやってんだ……?」 「う……? いやな、こうすれば昔のおまえは機嫌がよくなったからな」 「だから撫でているのだ」魔王は子供をあやすように撫でまわしている。  や……やめれてくれええええええ!  幼少期の話を持ち出すのは、恥ずかしいんだからな!! 「だから、風紀を乱すなって言ってるでしょ」  葉月先輩は冷めた目で俺を睨みつけていた。
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