第9話

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第9話

 時間は金曜の午後11時を少し過ぎたころ。  俺は自室で、今日から始まるラブコメアニメの配信を待っていたんだが—— 「相馬よ、我が輩とポッキンゲームをしないか?」 「……は?」  魔王は手にした菓子箱を振って見せている。 「ふむ。アニメ配信まで、まだ少し時間はあるから問題あるまい?」  魔王は、チラリと卓上のPCモニターに目を向けた。  モニターには、放送を待ちきれない連中がSNSで盛り上がっている。  このアニメ原作は、今一番売れているラブコメ漫画。内容は、少しえっちな異種間のドタバタラブコメだ。  もちろん俺もこのラブコメのファンの一人だ。  既刊された単行本は、保存用、配布用、実用と全巻を揃えるほどのな。  それがアニメ化発表から音沙汰もなく、約3年も待たされたからな。  ファン達が盛り上がるのも当然である。  期待に胸踊るせている俺にだ。  魔王の唐突な提案に戸惑っているのだが—— 「しかし、どうしたんだ? 急にポッキンゲームがしたいなんて」 「うむ……えっと、そのだな……」  魔王は前髪をしきりに弄り、落ち着かない様子を見せている。 「じ、実はこ、このゲームがしゅ、しゅき(好き)な異性と親密度を深める儀式と知ってだな」  ん、なんだ魔王のやつ。いつもと違って、ずいぶんと歯切れが悪いな。  声も小さくて、何を言っているのか分からないし。でもかろうじて『儀式』とだけ聞き取れたが。  ポッキンゲームか。  本来ならスティック状のお菓子を両端から食い、途中で折れたら負けというゲームだ。 「——そうか、儀式か」  俺の言葉に、魔王はうんうんと小刻みに頷いている。  そういえば、古代の神事に「縄結びの儀」ってのが古事記に書いてあったな。  二人の力士の腕に縄を結びつけ、繋がったままで戦う儀式。  神の前で強い決意と覚悟で、命懸けで戦ったとか、そんな内容だ。  こいつは異世界の魔王だ。  だから、棒状のものを両端から食べ進めることにも、なんらかの決意や意味があるのだろう。 「よしやってやる」 「ほ、本当か……! 本当にいいのか!?」  魔王の反応。やはり魔王にとって重要な儀式に違いないな。  異世界の儀式を体験ができるなんて、俺も興奮して震えてくる。 「ああ、やるからには真剣だからな」 「そうか……オマエも本気なのか。それほど我が輩のことを——」  ふふ、と彼女は嬉しそうに頬をゆるませている。  魔王にはなんだかんだ世話になっているからな。  真剣に協力させてもらうのは、当たり前のことだ。 「——では用意はいいか、相馬」 「ああ、いつでも構わないぞ」 「——ん」彼女はポッキンの端を口に挟む。  俺が反対側を咥えると、彼女はゆっくりと端から食べ始めていく。  俺を真っ直ぐで真剣に見据える魔王。  折れたら儀式が失敗——  そんな強い意志が彼女の慎重な行動から伝わってくる。  ポッキンの長さは約14センチ。  短い距離の先にある魔王の顔が、それがゆっくりと確実に近づいてくる。  重要な儀式——ということは理解してるんだが……  さすがに緊張するな。  魔王の顔が近いってだけでも、ドキドキと俺の心臓が高鳴りビートを刻む。  パリパリと食べ進む魔王。  それに対して、俺は躊躇い気味にそれほど進んでいない。  いや、これさ……  このまま行くと、”キス“することになりません?  そう考えている間に、魔王の顔がどんどん距離を縮めてくる。  もうまもなく互いの唇が触れあいそうになったその時—— 「あぅ」魔王が小さく叫んだ。  それと同時にボキっと乾いた音を立て、ポッキンは折れてしまった。  ほっ……よ、良かった。  魔王には悪いけど、キスを回避することができたからな。  ただ儀式を失敗したから、魔王も落胆してるんじゃ……  チラリと魔王を見やると、彼女は顔を真っ赤にさせ伏せていた。 「なあおい、魔王……?」 「もう一度だ……もう一度やるからな!」  再びポッキンを手にした彼女は、気迫のこもった瞳を向けてきた。  是が非でも成功させたい魔王の熱意が、ひしひしと伝わってくる。  うん、俺も恥ずかしいとか言ってる場合じゃないな。  魔王のためにも、この儀式はぜひにでも成功させてやりたい。 「おう、成功するまで付き合ってやるさ……!」 「え?」魔王は一瞬驚いた表情を浮かべたが—— 「——そ……そこまで我が輩と……うむ、なら仕方ないな」  魔王は髪を耳にかけ、再びポッキンを口にした——
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