6 増殖

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 リビングの扉を開けると、母は台所で夕食の準備をしていた。  私の顔を見て、母はどこか安心した様子で頬を緩める。 「食欲出てきたんなら、すぐにご飯の用意するわね」 「ううん……いらない」 「最近全然食べてないし、何か入れておかないと体に悪いわ。温かいミルクでも用意するわね」  そう言って冷蔵庫に手を掛ける母に、私は訊ねる。 「それより、このアルバムのことなんだけど……」  手にしたアルバムを差し出す私の様子を見て、何かを察したのだろう。母は小さく頷いてから視線をダイニングテーブルへと移す。促されるように椅子に座ると、母はマグカップに牛乳を注ぎながら告げる。 「どうしてある時期から写真が無いのか、ってことを訊きたいんでしょう?」 「分かって……たの?」 「あの頃は結衣も色んなことで行き詰まってたから、あまり覚えてないのかもしれないけれど……」  マグカップを電子レンジに入れた後、母は向かいの椅子に座る。 「中学三年の時、あなたはほとんど学校に行ってなかった。だからその当時の写真も無いし、卒業アルバムもあなたが捨ててしまったから」 「それは……」  曖昧に相槌をうつ。記憶を失っていることを悟られたくなった。だが今の母の口ぶりでは、私は何か精神的な理由で不登校だったと言っているように聞こえた。  母は机の上に両手を組んだまま、少しやつれたような表情で壁の時計を見上げる。 「あの頃、あなたは部屋に引き篭もって全く外に出てこなかった。色々と思うことはあったのだろうけど、母さん、正直あなたの体だけが心配だったの」 「……」  中学三年といえば高校に入学する前、今からほんの半年ほど前の話だ。それにも関わらず、私は自分が不登校だったことすら覚えていなかった。  その当時、私は部屋に閉じ籠もったまま、いったい何を考えて過ごしていたのだろうか。  中二の時の集合写真が映っているアルバムのページを開いて、私は改めて訊ねる。 「それってやっぱり、中條佐奈枝のことが関係して……」  その名前を聞いて、母の表情が一瞬だけ曇った気がした。  過ぎ去った時間を確認するかのように時計の針を見つめたまま、母は静かに口を開く。 「中学二年の時、いじめられていたその同級生を(かば)って、あなたは逆にクラスメイトたちから無視されるようになった。学校の先生たちとも話し合ってカウンセリングも受けたけど、結局何の解決も出来ないまま、あなたは三年に上がる時には学校に通えなくなってしまった」 「私が……中條佐奈枝を」 「そう。心根の優しいあなたにとっては、きっと周りの生徒たちが許せなかったのね。それは母さんも間違っているとは思わない。誰かを救おうとする気持ちが踏みにじられた結衣の気持ちも、よく分かるわ」 「お母さん……」 「でもね、正直今も考える時があるわ。お父さんは見守り続けることが大切だって言ってたけど、時間が経った今でも、それがはたして良いことだったのかどうか」 「どうして?」  訊ね返そうとしたした時、ちょうど電子レンジのタイマーが鳴る。
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