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入学式の日、真新しい制服を着た私たち新入生は、体育館に並べられたパイプ椅子にクラス別に座っていた。
「羽吹さんって江栄中? 私とそっちの凛は、鞍内中出身なの」
式が始まる前、隣の席からそう話し掛けてきたのは朱音だった。出席番号順で私のすぐ前が野瀬朱音、私の後が藤繁凛だった。その時は気付かなかったが、確か朱音の隣には中條佐奈枝も座っていたはずだ。
人見知りだった私は、少し緊張しながら頷く。
「う……ん。でも江栄中から来てる人って少ないから」
「そっか、この学校って大体が鞍中か東中から来てるもんね。でもせっかく高校生になったのに、顔ぶれがあんまり変わらないってのも刺激がなくてさ」
そう言って快活そうに笑う朱音に、前の男子の列に座っていた男子生徒が振り返る。
「うるさいよ、野瀬。もうすぐ式典始まるぞ」
「何よ矢嶋、こっち向かないでよ。馴れ馴れしいわね」
「あのな。お前も高校生なんだから、もっと大人らしくしろって」
「ははーん。そんなこと言って羽吹さんにちょっかい出そうとしても無駄よ。彼女、あんたなんか眼中にないってさ」
朱音が素っ気なくひらひらと手を振ると、矢嶋というその男子生徒は顔をしかめて今度は私の左隣に座った凛の方に向き直る。
「どう思うよ、藤繁。入学早々、俺のイメージが悪くなるようなこと言われてるんだけどさ」
「どうかしら。矢嶋が軽薄なのは、中学の頃から変わってないわね」
「何だよ、それ」
ちぇ、と舌打ちした矢嶋は、バツが悪そうに逆毛を立てたような頭を掻きながら前を向いて座り直す。
私はその様子を見て苦笑いしながら、挟んで座る二人に訊ねる。
「あの……二人は何の部活やるか、決めてるの?」
「うーん、それがさ。私ずっと演劇やってるんだけど、この高校って演劇部がないみたいだから困ってんの。凛はどうすんの?」
「私はせっかくだから美術部にでも入ろうかと思ってるけど。羽吹さんは?」
「まだ……特に決めてないかな。あ、あと結衣で良いよ。羽吹結衣だから」
私がそう言うと、朱音は嬉しそうに身を乗り出してくる。
「そっか、じゃあ私は朱音で彼女は凛って呼んで。でも結衣って良い名前だよね、略すると『羽衣さん』になるし」
目を細めて屈託のない笑みを見せる朱音と、しおらしく長い黒髪を耳に掛ける凛。そして照れくさそうに肩をすくめる私。
そう。
それはまだ、わずか半年ほど前の話だったはずだ。
刺すように痛み続ける頭を押さえたまま、ベッドの上で髪の毛を掻き毟る。
「どうして……こんなことが」
凛と朱音が私と同じ中学で、しかも中條佐奈枝がいじめられていた中二の時に一緒のクラスだったなど。
だとすれば、あの入学式の時の記憶はいったい何だったのだろうか。
もしかすると私は記憶を失っただけでなく……、その間の記憶を自分の都合の良いように改変しているのではないか。そう考えると、もはや何が真実なのかすら確証が持てなくなる。
「私は……いったい何を」
力なく手から滑り落ちたアルバムが、床に当たって鈍い音を立てる。
自らが作り上げた虚構という出口のない海を、私はただやみくもに藻掻き続けているような気がした。
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