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明らかに嫌悪感を含んだ表情で、野瀬朱音が私の鞄を指差す。
「それだってそうよ。形見だか何だか知らないけど、死んだ人間の物をこれみよがしに持ち歩いてさ。完全に私や凛に対する当てつけじゃないのさ」
見ると、私の鞄の持ち手には、中條佐奈枝が付けていたはずの銀色のメビウスの輪のアクセサリーがぶら下がっていた。
「そんな……いつの間に」
「そのいつも持ち歩いてるブルーのハンカチだって、中條のやつらしいじゃないのさ。気持ち悪いわね。嫌がらせにも程があるわよ。あんた何なの、いったい」
「これは……」
何が起きたのか、彼女が何を言っているのか、分からなかった。
佐奈枝が……死んだ?
ずっと、前に。
「そんな……はずが」
手にしていたラベンダーの香りのするハンカチを、私は握りしめる。
ついこの前、佐奈枝は入院している私の見舞いに来たばかりだというのに。
重苦しい空気が漂う中、席を立った藤繁凛が硬い表情で私たちの所に近付いてくる。
周囲に居た二人の女子生徒を押し退けるようにして、藤繁凛は野瀬朱音に向き合う。
「野瀬さん、勝手に私の名前出さないでくれる? 知らない人たちに勘違いされるでしょ」
「凛、あんた……」
「気安く名前を呼ばないで。あなたたちの揉め事に私は関係ないんだから」
「よくも……そんな口が叩けるわね」
憎々しげに顔を歪めた野瀬朱音が、語気を強めて藤繁凛に詰め寄る。
「中二の時、最初にクラス全員で中條佐奈枝を無視するように仕組んだのは、あんたでしょうが。それなのに、ことが大きくなったら自分は知らないって顔してさ。あんたがいくら私と距離を置こうとしても、過去の事実まで消えてなくなる訳じゃないんだからね」
「ふん、くだらない。あなたが中学の時に好き勝手やってたのは、とっくに皆に知られてるんだから。とにかく私を巻き込まないで」
「は、何ならここで全部言っちゃっても良いわよ。あんたが裏でどれだけ陰湿な仕打ちを中條佐奈枝にやってきたのか」
言い争う二人の姿を見て、少しずつ私の中の記憶のパズルのピースが組み合わさっていく。
「じゃ、じゃあ真宙……仙宮真宙は、その時どうして?」
思わず口を挟む私に、野瀬朱音は吐き捨てるように言う。
「は、仙宮? ああ、居たわねそんな奴。受験のことばっかりで我関せずみたいな態度ばっかり取ってた男が。あいつだって中條のことには直接関わってなかったけど、知っててわざと傍観してたんだから同罪よ」
「真宙……が」
「そういやあいつ、高校辞めて引き篭もった挙げ句に野垂れ死んだとかって聞いたわね。は、いい気味ね、あんないけすかない奴。斜に構えていつも人を見下したような目してさ。ああ、あんたあの男と幼馴染みだったんだっけ? 全然相手にされてなかったみたいだけどね」
「……」
ようやく……全てが思い出されていく。
それは、私が心の奥底に閉じ込めて、鍵を掛けていた箱の中の記憶だった。
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