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俺が入った映研サークルには神カップルがいた。 二人は美男美女。 誰がどう見てもお似合いで、大学内で知らない人間はいないくらい有名だった。 その二人を中心にサークル活動はただの飲み会となっていた。 俺はそうと知らず映画が好きなだけで入ったもんだからかなり浮いてた。 みんなが次の飲み会の打ち合わせをしてる間も俺は試写室と名ばかりのヤリ部屋で静かに映画を見ていた。 ヘッドホンをして一人の世界に入り込んで、抜ける頃にふと気付くと隣に彼がいる。 その彼こそ神カップルの彼氏の方。 一年先輩の柏木惣一だった。 彼は彼女がいなければモテまくりの人生だっただろうな。 大学入ってすぐ二人は付き合いだしたと聞いた。 まるで運命的な出会いだったと語られている。 「この映画、めっちゃ暗いけど好きだわ。」 「この監督の作品全部見てます。」 「今度、映画館でリバイバル上映するらしいよ。一緒に見に行く?」 「橘さんと見に行けばいいじゃないですか。」 「あいつ映画館に行くと寝ちゃうから。」 「へぇ。じゃあなんでこのサークルに?」 「俺に一目惚れしたらしい。」 彼は乾いたように笑った。 「今度の日曜、行こうぜ。また連絡する。」 勝手に約束して去っていった。 俺、映画は一人で見たいんだよな。 そう思いながら二本目の映画を見始めた。 そして気付くと寝てしまってた。 隣の部屋で話し声がしてこっそり覗くと二人がいた。 まさかここでおっ始めないよな?と思って見てると何か口論してる。 「いつまで付き合ってるフリするんだよ。」 「あと一年。私が卒業するまでの我慢よ。」 「別に、別れましたって言えばよくないか?」 「そんなの言えるわけないでしょ。それに別れたって知ったら皆変に気を使ったり、居づらくなるし。」 「じゃあ俺がやめるよ。」 「それでも一緒!私、腫れ物扱いされるの嫌よ。」 「はぁ。」 ヤバい会話を聞いてしまった。 慌てて部屋を出ようとした時思い切りドアに肩をぶつけた。 終わった... 「野間、今の聞いてた?」 「今の?何のことですか?」 「聞いてたな?」 「...はい。」 俺はその後、二人に事情を聞かされた。 二人は付き合って三ヶ月で別れていたらしい。 ということはすでに半年も隠し通してきたことになる。 「俺の夢の大学生活が終わった。」 「それは私も一緒よ。」 「野間ならどうする?」 そう聞かれたが何も答えられなかった。 俺は知りたくもなかった二人の秘密を知ってしまった。 そしてその日から何かと彼の相手をしなければならなくなった。 日曜、やはり強引に映画館に連れていかれた。 映画を見終わった後、飯を奢ってもらったからそれでチャラにすることにしたけど。 「お前友達いないだろ?」 「そういうの普通直球で聞かないでしょ。」 「あ、そうか。悪い。」 「友達はいました。でも去年、亡くなりました。」 「え?」 「難病で長年入退院を繰り返してて。」 「いきなりそんな重めの話されても。」 「でも悲しいとかはなかったです。今日見た映画でもそうでしたけど、本当の死って誰のなかにも生きてない、存在してないってことだと思うんで。」 「じゃあ、俺がお前のこと存在させてやるよ。」 「なんで上からなんですか。」 「いや上からのつもりは。」 「それに俺は別にいいですよ。忘れられても。」 「そんな悲しいこというなよ!」 本気で怒られてちょっとビビった。 いつも何があってもヘラヘラしてるくせに。 「なぁ、浮気なら許されないか?大学の奴らに見つからないとこで。」 帰りがけ、急にそんな突拍子もないことを言ってきた。 「ま、まぁ見つからなければ。そもそも浮気でもないですし。」 「でも都内だとヤバいか。地方に住んでる子なら」 「でもそれはそれで大変そう。」 「そうだよなぁ。会うのに時間も金もかかるし。あー、お前が女だったらなぁ。」 「なんですかそれ。」 「映画の趣味も合うし、一緒にいて楽しいし。」 「男だったらダメなんですか?」 俺はもちろん冗談でそう言った。 いや、実際俺はゲイだけど。 でも、彼は 「そうだよな。なんで男だとダメなんだろ。」 と本気にした。 「え?いや、あのさっきのは冗談で、」 「お前、一年俺に付き合え。」 「いや、だから今のは、」 「俺と付き合ったら映画も飯も奢ってやる。どうだ?」 それはありがたい。 実は映画観に行く余裕がなくて困ってたから。 でも、だからって... 「お前下の名前、なんだっけ?」 「智輝です。」 「智輝、よろしくな。」 また勝手に話が終わってしまった。 彼の悪い癖だ。 そんな成り行きで俺は浮気相手になった。 彼女公認の。 「えーいいなぁ。私もそういうの欲しい。野間くん、私の浮気相手にもなってくれない?」 「ダメだ。智輝は俺専用だから。」 俺は一度もイエスとは言ってない。 まぁ、でもたった一年だし。 彼が言ったように俺たちは映画の趣味が合う。 映画館で映画見て飯食ってそれだけだ。 てか、それなら別に友達でいいだろって思ってたある日。 「なぁ、俺たちってただの友達じゃね?」 と気付いた。 「はい。まぁ、奢ってもらってはいますけど。」 「友達でもない。先輩と後輩?」 「羽振りのいい。」 「俺、金だすだけでなんのメリットもないよな。」 「まぁ確かに。」 「メリットを生め。」 「は?」 「お前と付き合うメリット。」 そもそも俺は一度もオッケーしてない。 でももう何度か奢ってもらってるから今さら言えない。 「分かりました。」 俺はそう言って人気のない公園で彼にキスした。 俺の特技。 俺は高校時代、キスだけでノンケを落としてきた。 「メリット生めました?」 「お前キス上手いな!」 そう言って彼は俺なんかより本気のやつを返してきた。 クラクラするほど甘い。 だから嫌だったんだ。 この人と関わるの。 俺も彼女と同じ。 あの時一目惚れしたんだ。
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