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初めて彼の家に呼ばれたのは浮気相手を努めて三ヶ月後のことだった。 彼はそこそこのボンボンだ。 だから大学生でそこそこのマンションで独り暮らししてる。 将来は父親の会社に入って悠々自適な人生が待ってる。 「俺、大学出たら世界一周しようと思ってるんだよね。」 「...は?」 「何年くらいかかるかな。」 「いや、大学卒業したら親の会社継ぐんでしょ?」 「それは兄貴の役目。俺は自由。」 「親の金で世界一周?」 「いや、ちゃんと自分で儲けてる。」 「え?」 「株と不動産。ばぁちゃんが残してくれた金を増やした。」 そこはちゃっかりしてるんだな。 「映画のロケ地巡りしてみたくない?」 「それはしてみたいですけど。」 「イグアスの滝見てみたくない?」 「ブエノスアイレスの名シーン?」 「うん。」 「大学出たら一緒に行ってくれる彼女見つかるといいですね。」 「お前って可愛くないね。普通そこは、俺も連れてって下さい、だろ。」 「言わないですよ、そんなの。」 「甘くないコーヒーみたい。」 「それは先輩もでしょ。」 「いつになったら名前で呼んでくれるの?」 「呼ばないですよ。そろそろ帰ります。終電なくなるし。」 「泊ってけば?」 「明日朝早いんで。」 嘘をついて家を出た。 あの日、キスをしてから俺はおかしい。 彼の目を見れなくなってしまった。 サークルに入ってから線を引いて一定の距離を保ってきたのに。 彼からのキスはそんなものを一気に飛び越えるぐらいのパワーがあった。 俺は決めてるんだ。 好きになった人とは本気にならない。 また痛い目にあうだけだ。 もう泣くのはコリゴリだ。 それから1ヶ月。 バイトが忙しいとか、試験前だからとか適当な嘘をついて避けてきた。 彼も嘘だと分かったのか近づいてこなくなった。 「ねぇ、野間くん。あいつ何とかしてよ。」 ある日バイト先に現れたのは橘さんの方だった。 「野間くんに嫌われただのなんだの、鬱陶しいしめんどくさい。」 「なんですかそれ。」 「浮気相手に本気になっちゃったのかもね。」 「え?」 「とにかく何とかして。分かった?」 そんなこと言われてもなぁ。 と思いながら、ちょっとだけサークルに顔を出してみた。 俺の知らない間にメンバーが増えてる。 彼はその子たちに囲まれて楽しそうに笑っていた。 だからなにも言わず出ていった。 そんなもんだよなぁ。 なに橘さんが言ったこと鵜呑みにして会いに行ったりしてんだか。 なんで俺イライラしてんだろ。 バイト終わり、一人で映画館に行った。 ずっと封切りを楽しみにしてた作品なのに全然頭に入ってこない。 主人公が最後に言った台詞がやけに胸に刺さった。 「僕は孤独を愛してたんじゃない。寂しさに抗いたかっただけだ。そんなちっぽけな人間なんだよ。」
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