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久しぶりに映画でも観に行きませんか?
という一文を送るのに一日かかった。
送った後も返事が怖くて電源を切って寝た。
翌朝、恐る恐る電源を入れたが返事はなかった。
既読になってるかの確認は怖くてできなかった。
読んでるのに返事がないってことはもうそれは終わりということだから。
学内で彼と会うこともなかった。
そのまま3日が過ぎて、精神的に耐えれなくて彼の家に行った。
が、インターホンを押す勇気が出ずトボトボと帰った。
昔、同じようなことがあったな。
中学生の時、好きだった奴が休んでプリントを届けに行ったけど、あの時もインターホンを押す勇気がなくて結局ポストに突っ込んで帰った。
俺はなにも成長してないのかもしれない。
なにも変わってない。
高校の時、初めてできた彼氏に振られた時も自分の気持ちをちゃんと伝えられなかった。
傷つくのが怖かった。
「智輝、何やってんの?」
振り返ると彼がいた。
気がつくと俺は公園の自販機の前で突っ立ってた。
「何泣いてんの。」
涙で前が見えなくなってた。
「なんだよ、欲しいやつが売り切れたのか?」
彼はいつものように軽口で笑ってやがる。
おかげで冷静になれた。
激甘のミルクコーヒーを買って飲み干した。
「なんで、返事くれなかったんですか?」
「返事?もしかしてラインくれてた?スマホぶっ壊れちゃって。」
「学内にもいないし。」
「あぁ、親父が倒れて実家帰ってた。で、なんて送ってくれたの?」
「...好きです。」
「え?」
「好きですって送りました。」
「俺も好きだよ。」
「いや、そういうんじゃなくて、」
「嫌われてると思ったわ。今までも誰かに嫌われることとかあったけど、お前に嫌われるのとは訳が違う。」
「は?」
「それぐらい好きってこと。てか、さぶくね?うち来ない?」
「行きますけど、いいんですか?」
「全然いいよ。」
「覚悟はできてるんですか?」
「え?なんの?」
「俺、めんどくさいですよ?そんな俺と付き合う覚悟できてますか?」
「わからん。でも大丈夫じゃね?俺もそこそこめんどくさいし。」
彼はいつものようにカラッと笑って俺の手を取った。
今頃になってさっき飲んだ甘々のコーヒーの味が嫌になってきた。
「惣一。」
後ろから恐る恐るそう呼んでみた。
「勘弁しろよ。今呼ぶか?」
「だって、呼べって。」
「家帰ってからにしろよ。」
「なんで?」
「我慢できなくなるだろ。めちゃくちゃ抱き締めたいのに。」
そう言った彼の耳が赤かったので少しほっとした。
普通だ、彼も。
でっかい空にちっぽけな星が一粒輝いていた。
彼の家のソファに寝っ転がると上に乗られた。
「あ、そうだ。姉ちゃんから高そうなチョコレートもらったんだった。食う?」
無邪気な彼の首に手を掛けて引き寄せた。
「惣一。今ならそう呼んでもいいですよね?」
「お前、何かただ者じゃないだろ。」
「え?」
「慣れてるっていうか。」
「そっちこそ慣れてるんじゃないですか?」
「慣れてないよ。俺、男子校で橘が初カノだったから。しかもたった三ヶ月。キスしかしてないし。」
「なのにあんなキス上手かったんですか?」
「え?上手かったの?あんなんでいいの?」
「てことは、もしかしてど、」
「皆まで言うなバカ。大学デビューするために髪型とかファッションとかめちゃくちゃ研究したんだよ。でも中身は変わらんのよな。」
「ただ慣れてないだけ?」
「何かロマンチックなムードになると笑っちゃうんだよな。向いてないっていうか。橘にそれでよく怒られた。思ってたのと違うって。」
「まぁ確かに。」
「お前も怒る?」
自信なげな顔が面白くてつい笑ってしまう。
「いや、怒らないですよ。」
「あんま俺に期待しないで。あと思ったことは言うべし。俺、バカだし鈍感だから。」
「はい。じゃあ一つ聞いていいですか?」
「どうぞ。」
「ほんとに俺でいいの?男だし。」
「別に男とかどうでもいいよ。俺、おっぱい好きじゃないし。」
「じゃあ尻フェチ?」
「フェチとかないかな。何が好きとかあんま考えたことない。どこが好きとか。」
「じゃあなんで俺なの?」
「うーん。なんだろ。フィーリングとか?言ったろ?一緒にいると楽しいって。俺にはそれだけで十分なんだよ。」
彼はそう言うと俺を抱き締めた。
「こうするとよく分かる。智輝はしっくりくる。」
「モテる男はこういう時、甘い嘘を付くんですよ。」
「例えば?」
「君の匂いが好き、とか?」
「それは何か気持ち悪くないか?」
「え?そう?」
「でも好きだけど、この匂い。」
「まぁ、この甘さ控えめな感じが俺たちらしくていいですけど。」
「だろ?じゃあ甘さ足すためにチョコでも食うか。」
彼はそう言うとるんるんで冷蔵庫に向かった。
何となく、なんとなーく、感じていたが。
彼との恋愛はかなりなスローペースで進んでいくんだろうな。
まぁそれはそれでいいけど。
それから半年が過ぎた。
神カップルの破局の噂は突然浮上し、瞬く間に広まった。
「ごめんなさい!」
橘さんが俺と彼に謝ってきた。
「なにがあった?」
「実は彼氏ができて。彼とデートしてるとこ見られちゃった。」
「はぁ?」
「で、つい言っちゃった。別れたって。」
「...まぁ、これでまだ付き合ってるって嘘付かなくてすむからいいけど。」
嘘付かなくてすむ。
じゃあ俺たちの関係はどうなるんだろうか?
「智輝、今日までありがとう。」
「え?」
「俺もお前も自由だ。じゃあな。」
手をヒラヒラと降る彼の後ろ姿を見送る。
そこで目が覚めた。
夢、だったよな?
と隣を見ると彼が口を開けて眠っている。
橘さんと彼が破局したと知ってから、学内の女子たちがこの男をハイエナのように狙ってる。
正直怖い。
彼は本当にバカみたいに鈍感だから何も気付いちゃいない。
いつか俺なんか捨てて本当に去っていくんじゃないか、と思ってる。
何せ俺たちはまだキスしかしてないし。
サークル内では最近、カップルが増えている。
クリスマスを一人で過ごしたくない一心でみんな恋をしようとしてる。
俺と彼が一緒にクリスマスを過ごす、なんて想像もできない。
彼は多分そういうことに興味がない。
まぁ、俺も一度もクリスマスを恋人と過ごしたことないんだけど。
ジングルベルが近づく度に憂鬱な気持ちになる。
とっとと終われクリスマス。
俺にサンタなんか来ないんだから。
そう思う反面、少しだけ夢を見ていた。
「24、25日空いてる?」
彼がそう聞いてきたとき、俺はまさか?!と胸を躍らせた。
「空いてるけど?」
「うちの従兄弟がケーキ屋やってるんだけど手伝ってくれないかって。給料めっちゃ弾むって言ってて。」
「え?」
「サンタの格好でケーキ売るの、一緒に。」
だよなぁ。
期待して損した。
「いいよ。別になんも予定ないし。」
「よかった!ありがとな。」
そう、彼はそういう人だ。
分かってて側にいるんだから。
そう分かっててもやっぱり少し悲しいものなんだな。
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