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5
お正月。
いつもながら実家に帰り、飲んだくれの親戚の相手をする。
勝手に俺の将来の心配をしてくれる親切な人たちだ、と思うようにしている。
休みなのに全然休まらないストレスがたまるだけのお正月。
「なにしてんの?」
彼から電話がかかってきて声を聞いたら少しだけホッとした。
「そっちはなにしてんの?」
「親父と二人で酒のんでる。」
「二人?」
「母親も姉貴も遊びに行った。」
「へぇ。じゃあちょっと寂しいね。」
「おいでよ。そんな離れてないし。」
「いやいや、どういう名目で?」
「恋人。」
「さすがにそれは、」
「え?でももう皆に話したよ。」
「なにを?」
「智輝のこと。今度連れておいでよって言ってた。」
「どんな家族だよ。」
「母親がなにが好きか聞いといてって言ってた。」
「惣一がファンキーな理由がよく分かったわ。」
「ファンキー?」
「うちなんかカミングアウトしたら一斉攻撃受けるよ。病院連れていかれてしばらく隔離されるかも。」
「そんな?」
「そんなだよ。古い考えの人ばっかだからね。」
「でもいつかは挨拶に行かないとな。」
「いやいいよ。」
「ダメだよ。そういうのちゃんとしとかないと。」
「怖くないの?まだ21.2なのに未来のこと決めるの。」
「怖くないよ。俺は即決即断の人間だから。まぁそれで橘とは失敗したけど。でも智輝とは失敗じゃないって確信してるから。」
「どこで確信したの?」
「クリスマスイブの夜。」
俺たちはあの夜、ロマンチックの欠片もないセックスをした。
まるで組手の練習。
彼は終わった後、まるでスポーツだなと言った。
「次の組手、いつにする?」
「組手って言うな。次こそは俺が勝つからな。」
「いや、勝ちとかないし。」
久々に笑った。
俺が彼の家族と笑って飯を食う日なんて本当に訪れるんだろうか?
「随分楽しそうだな、智輝。」
声だけでそれが誰か分かってしまうほど、俺にとって特別な存在。
それが、
「陽翔、なんで、」
「ただいま。」
陽翔は俺の呪縛。
血の繋がらない優秀な兄であり、俺の初恋。
「出掛けないか?久しぶりにあの海に行こう。」
そして今もなお、その目に見つめられると逆らえない。
あの頃の俺に戻ってしまう。
戻りたくないのに。
「覚えてるか、俺が初めてお前とここに来た日のこと。」
「覚えてるよ。」
「お前はまだ16だった。なのに大人びてて、可愛げなくて、大人たちを冷めた目で見てた。」
「陽翔だって。」
「そう。俺とお前は似てた。だから惹かれた。」
「似てないよ。俺は凡人だ。陽翔みたいに才能もなければ人を惹き付ける力もない。」
「相変わらずだな。自分のこと分かってない。...帰ってきたのは、お前を迎えに来るためだ。智輝、俺と一緒に来ないか?」
「え?」
「俺にはお前が必要だ。」
昔の俺なら迷わず付いていった。
でも今は。
「さっきの電話の相手か?」
「うん。」
「今だけの関係だろ。」
「そう思ってた。」
「大学出た後のビジョンはなにか見えてるのか?」
「...まだ。」
「あっちの大学に編入すればいい。俺の仕事を手伝いながら通え。」
「...少し考えさせてほしい。」
「分かった。」
陽翔の言うとおり、大学出てから何になるのかなんて何も見えてない。
でもだからと言って。
彼に陽翔と会ったことを話した。
「義兄弟。またややこしいな。」
「義兄弟で初恋の相手なんだ。」
「え?」
「陽翔は俺とは正反対でいつも中心にいる人間だった。カリスマ性があって人を惹き付ける。俺はそんな陽翔に憧れてた。」
「で、どうすんの?」
この人には嫉妬する、という概念はなさそうだ。
普通、初恋の相手って聞いてその発言には至らない。
「悩んでる。」
「いいチャンスだとは思うけどな。海外に住むなんてなかなかできないし。」
「もう戻ってこない来れないかもよ?」
「え?そうなの?」
「それでも薦める?」
「そうなったら俺もそっち住むし。問題なし!」
「俺が陽翔とどうにかなる、とかは考えないわけ?」
「はっ!考えなかった。どうにかなる?」
「それイエスって答えたらどうすんの?」
「...どうしよう。」
彼のこういうアホなとこに俺は結構救われてる。
陽翔とは絶対こんな風に笑って話せない。
いつも刺激をくれるし、尊敬もしてるけど俺とは違う世界の人間だと思うことがある。
近いのに遠い。
でも惣一とは離れてても近くに感じることがある。
別に離れていたっていい。
なにを考えてるか分からなくても不安にならない。
「ごめん、一緒には行けない。」
「...ほんとにいいのか?」
「うん。」
「お前は見つけたんだな。たった一人を。」
「そうかもしれない。まだ分からないけどね。」
「10年後、もし気が変わってたら連絡してくれ。」
陽翔はそう言って帰っていった。
さよなら初恋。
10年後、俺はどうなってるんだろう。
そして彼といるんだろうか?
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