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31になった。 毎日忙しい。 世界を旅する、なんて暇はなくなった。 俺はバカみたいに働いている。 大学時代は考えもしなかった。 家に帰るのは11時過ぎ。 社畜としては立派だ。 俺は兄貴の手下として親父の会社でこき使われ、給料はそこそこいいが使う暇を与えてはもらえない。 唯一の救いは家に帰ると、 「おかえり。今日はまだ早い方だね。」 と迎えてくれる人がいることだ。 俺と智輝は意外にも続いている。 智輝はロースクールに通い、弁護士を目指している。 人生の目的を見つけてから彼は生き生きしてる。 いいことだ。 一緒に暮らしだしてからみるみる料理の腕も上げた。 怖いくらいだ。 たまに多国籍な料理が出てくる。 美味しいのかよく分からないけど、とりあえず出されたものは残さず食べる。 「陽翔と会ったよ。10年ぶりに。」 「へぇ。」 「今度会わせてくれって。」 「なんか、怖いな。」 「俺もそうだけど、まさか10年続くとは思わなかったって。」 「俺も。10年て言っても凝縮したら1年ぐらいの感覚。」 「まぁ、確かに。だから続いてるのかもね。」 「え?」 「冗談だよ。」 智輝は変わらない。 でも俺は確実に変わった。 あの頃、組手にしかならなかった夜の営みはちゃんと形になった。 会社の後輩にリサーチして、デートスポットを教えてもらったり、恋人としてのあり方をご教示してもらった。 俺なりに頑張っているが、彼から言わせると 「ただの真似事。」 らしい。 まぁそれは正しい。 昔のトレンディードラマみたいに誕生日に部屋をバラで一杯にしてみたが 「もったいない。枯れた後が悲惨だ。」 と言われた。 俺も彼も恋愛不適合者だと思う。 甘さのへったくれもない。 ブラックコーヒーな二人のまま。 でももう10年も飲み続けてると今さら砂糖やらミルクを入れたコーヒーは飲めない。 分かってるのにまだ抗おうとしてるのだ。 「そういえば、橘のとこ二人目が生まれたらしい。」 「へぇ。お祝い送らなきゃ。」 「まさか教授と結婚するとはな。」 「嫌ってたのにね。」 「智輝を初めて見た時、本物の映画オタクが来たって思ったんだよね。」 「え?そうだったの?」 「実は俺もただの映画オタクだったんだよ。でも他の奴らは出会い目的とかただ飲み会したいだけ、みたいな感じで。だからみんなに合わせてた。」 「で、橘さんと付き合ったの?」 「みんなに乗せられて。」 「みんなの中心にいたから一番チャラ男に見えた。」 「オタクを隠すの大変だったんだよ。だから映画のこと語れる奴が入ってきてくれて嬉しかったんだよね。」 「なんだかんだよく映画見たよね。」 「試写会とかな。監督にサインもらって泣いてる智輝見てちょっと引いてた。」 「いや引くなよ。」 「俺が何しても泣いて喜ぶことなんかないだろうな。」 「だろうね。」 「俺にできることと言えば一緒に映画観に行くことぐらいだけど。」 「俺、本当は映画は一人で見たい派なんだけど。」 「え!?10年後の真実?」 「でも二人で見るのもいいもんだなって思えるようになったよ。」 「俺もほんとは人と寝れない質だったんだよね。」 「え?めちゃくちゃ爆睡してよだれまで垂らしてるのに?」 「そう。わりと神経質なのよ。こう見えて。だけど、お前と付き合って変わったわ。」 「色々変わっていくんだね。」 「でも変わっていくことが楽しいんだよ。」 いつか俺たちが激甘のコーヒーになることもあるかもしれないし、ないかもしれない。 でもそれはそれで。 二人がありのままでいられたら何でもいい。 昨日見た映画の最後の台詞。 寂しいと感じられるのは幸せな時があったからだ。 幸せを一度味わってしまったら寂しいからは逃れられない。 でもだからこそ僕らは幸せを求めて生きていける。 だから寂しさも人生には必要なんだよ。
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