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さようなら
美香はついに入院せざるを得なくなった。
コロンは病院には入れないので、家で留守番をすることが多くなった。
コロンは美香が近くにいなくなると、段々と人間だった時の記憶が薄れてきた。
美香がいなくても、美沙か尊がかならずコロンの散歩をして、美香がいたときと同じように家でたのしくすごせるようにはしてあげていた。
そうでないと、美香は心配のあまり、病院を抜け出しかねない勢いだったから。もうベッドから起き上がる頃もできないのに、コロンの事となると、這ってでもベッドから出ようとする。
「ねぇ。もし私に何かあったら、コロンの事をよろしくね。私の兄弟だと思って面倒見てね。」
美香は、まるでコロンが自分のなくなった双子の弟でもあることを知っているかのように両親にお願いした。
結局移植は間に合わず、美香は一度も中学校に行かないまま亡くなった。
両親は覚悟をしていたとはいえ、一人娘の死に打ちのめされて悲しみに暮れた。
だが、コロンの世話がある。
会社を休める間には尊がコロンの世話をしていた。
だが、いつまでも会社を休むわけにもいかない。
コロンの世話は美沙がすることになる。
悲しくても、落ち込んでいても、コロンの世話をしなければいけない。
美香との約束でもあるし、コロンも美香がいないのがさみしいのか、散歩の時間になると、自分でリードを持ってきて、泣いている美沙の頬を舐め、膝にリードをポトンと落とす。
悲しくても、落ち込んでいても、コロンにせがまれて、散歩の為に外を歩いた。
外の風は季節を変えて行って、やがて、コロンを拾った夏になっていた。
コロンは1歳になっていた。
美香が亡くなって3か月がたった。
悲しみはまだ深いが、コロンのおかげで外の風を吸った。
引きこもってしまう事だけは避けられた。
外に出れば何かと気持ちを動かす出来事が起きる。
コロンも嬉しそうに外を歩く。
後ろを振り返りながら美沙の目を見て、嬉しそうに歩く。
風の中を歩きながら、美沙が何が何でもコロンを飼おうとした時に言ったことを思い出した。
『ねぇ。ママ。気を付けるから。いつも犬を清潔にして、触った後も消毒をちゃんとするから。お願い。学校もあまりいけないから友達もいないし。家にいても寂しいの。この子がいればきっと寂しくないわ。』
『あぁ。美香はあの時、もう自分がいなくなることを予感していたのかもしれない。それで、自分と一緒に遊んでいたコロンを私たちに託して逝ったのだわ。』
美沙は自分の為にもコロンは必要だったのだろう。確かに寂しい生活だったから。
この子がいれば私たちが寂しくない。そう言いたかったのではないだろうか。
美沙の眼にはまた涙が浮かんだが、夏の暑い日差しの中でコロンが舌を出してあえいでいるのを見て、持ってきていた水をコロンに飲ませた。
「さぁ、頑張っておうちまで帰ろうか。今日は暑いね。」
美香が亡くなってから、夫との日常の会話の他に、初めて、誰かに声をかけた。
そうだ。美香はよくコロンと話をしていたわ。
これからは、私は美香の様にコロンと話をして、コロンの事を美香に報告しよう。
きっと順当に行けば、美沙や尊より、コロンの方が先に美香の所へ行くだろう。
その時、コロンがたくさん美香に楽しかったという報告ができるように。
美沙と尊が泣いてばっかりではなく、美香の残してくれたコロンと楽しく過ごしていたことを報告ができるように。
美香の分までコロンを可愛がって、家族みんなで楽しく過ごそう。と美沙は夏の空を見ながら美香に誓った。
【了】
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