平行線

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 水平線を見ている。今日はなんだか寂しくて、だから日の落ちていく水平線が見たかった。感慨に耽るでもなく、ただひたすらにぼんやりと見つめていると、海や空と同化していくような感覚に襲われる。みんな一つになってしまう。それが、妙にうら悲しくて、私は帰路につく。彼の待つ家に。 「ただいま」  玄関を入ってすぐに、私はそう言う習慣がついた。四年前まではそんな習慣はなかった。一人で住む家に、ただいまは寂しすぎるし無意味だ。おかえりの返ってこないただいま。でも、今はちがう。 「おかえり」  リビングに顔を出すと、賢哉がこちらを一瞥だけする。今日もスマホでマージャンをしているようだ。賢哉の仕事はコンピューターのデザイナーで、普段は家で仕事することが多い。私は派遣で会社勤めなので、週五日は仕事で家を空ける。それでも定時で上がれるだけ良い会社だなと思う。 「夕飯、何にする?」 「仕事が一本片付いたから、外でぱーっと食べようよ」 「助かるわ」  私は家事が嫌いだ。苦手ではなく嫌いなのだと、この人と暮らすようになって初めて気が付いた。たぶん、やらなくてはならないものすべてが嫌いなのだと思う。そういう縛りを、私は好まない。 「どうしよっか。ステーキでも食べる?」 「うん、そうしよっか」  いつも、何を食べたいとかそういう希望のない私に賢哉は提案してくれる。昔は、何食べたい?と聞いてきていたけれど、私がその質問が苦手なのだと知ってくれたようだ。知るということは良いことのように思う。それだけ、効率よく生活が回る。  賢哉と暮らし始めて四年が経つ。関係は概ね良好だ。お互い、料理以外の家事はできるときにできる方が分担してやることにしている。賢哉は料理だけはからきしだった。早朝出勤の時は彼が洗濯をしてくれるし、手が空けば掃除もやってくれることもある。お風呂の支度は、先に入りたい方が勝手にするようになっている。お互い良い関係だと思う。一つの問題以外は。  私がその診断を受けたのは、賢哉と暮らすよりも前だった。それは、仕事に行けない日が続いたことでの受診だった。一度じゃ診断はできないと言われて、何度も通った。何度も通ってその間に、私は仕事を辞めざるを得ないほどの穴を空けていた。
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