28人が本棚に入れています
本棚に追加
今ひとたびの……
その刹那、ふたりはただ見つめ合った。
しかし、いたたまれなくなったか、トバリは顔を背けた。
「……いけません」
「どうして!?」
「…………」
ひとこと拒絶され、目の前が暗然となる。彼女は高ぶる心を抑えようと一息ついて、説得のためまた口を開いた。
「あなたの妻になって死にたい。そうしたら、生まれてきた意味を感じられるんじゃないかって。生まれた意味を知れば、きっと死も怖くない。生にも死にも、自分なりに意味が欲しいの」
彼には今まで散々駄々をこねてきたが、これが本当に最後だ。思いの丈をぶつけ、必死で食い下がる。
それでも彼は、目を伏せた。
「私にあなたは抱けません……」
このような時に彼女を悲しませて終わるのは、当然悔やまれた。彼もできることなら、彼女に優しくささやき、朝まで、ただ大事に撫でていたかった。
「なんで!? もういらないのよこんな力! ……それとも、私ではだめ? あなたの最後の女に、私は不相応ってこと?」
彼は首を振った。
「私にはあなたを守る力がありません。戦場で最後にあなたを守る力があるとすれば、それは神の温情のみ。私は祈り、神に託すしかないのです。あなたの命運を」
ユウナギは衝撃を受けた。この期に及んで彼はまだ、自分を生かすことを考えているのだ。
「私は生き残るつもりはないわ。そんなことあなただって分かっているでしょう……」
彼の固い意思を、揺り動かす言葉が見つからない。今までだってろくに彼を説得できたことなんてない。それが悔しくて、堪えるつもりだった涙がまた落ちる。
トバリは彼女の涙を拭いながら、その切なる思いを伝える。
「それでも、たとえほんの僅かでも、私はその可能性に縋るしかない。あなたが神の力を失わない限り、希望は皆無ではない」
しかし彼女のとめどなく零れる涙は仕方なく、次は手にそっと触れた。
「嫌よ。都合のいい夢はみないで。そんなあてのないものに賭けられて、夢も叶わず私は死んでゆくの? 子どもの頃からずっとずっとあなたを想ってた。あなたと出逢えた証に、一夜でいい、抱かれたい。今の私には、それ以外の希望なんてない」
「都合のいい夢だと分かっています。それでも、これが私の信仰なのです。私のために生きてください」
「無理よ……」
「あなたは生きて、なんとしてでも生き延びて、あなたの夢を叶え幸せに生きてください。それが私の唯一の希望です」
「そんなのとんでもない重荷だよ! 私だけ生き延びたって、どんな夢も叶いっこないのに!」
彼は握っていたユウナギの手を離し、立ち上がる。そして以降は振り向かず、静かに自室を後にした。
そこには向かい合う確かな想いがあるはずなのに、それが譲れぬ深い想いであるほど、本来なら己よりも相手を思いやりたいふたりが、穏やかな着地点に降り立つのは不可能だった。
ユウナギはしばらくその場で、拒まれた恥ずかしさと、愛されることを知らずに死にゆく自分への憐憫で、泣きわめいていた。
最初のコメントを投稿しよう!