今ひとたびの……

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今ひとたびの……

 その刹那、ふたりはただ見つめ合った。  しかし、いたたまれなくなったか、トバリは顔を背けた。 「……いけません」 「どうして!?」 「…………」  ひとこと拒絶され、目の前が暗然となる。彼女は高ぶる心を抑えようと一息ついて、説得のためまた口を開いた。 「あなたの妻になって死にたい。そうしたら、生まれてきた意味を感じられるんじゃないかって。生まれた意味を知れば、きっと死も怖くない。生にも死にも、自分なりに意味が欲しいの」  彼には今まで散々駄々をこねてきたが、これが本当に最後だ。思いの丈をぶつけ、必死で食い下がる。  それでも彼は、目を伏せた。 「私にあなたは抱けません……」  このような時に彼女を悲しませて終わるのは、当然悔やまれた。彼もできることなら、彼女に優しくささやき、朝まで、ただ大事に撫でていたかった。 「なんで!? もういらないのよこんな力! ……それとも、私ではだめ? あなたの最後の女に、私は不相応ってこと?」  彼は首を振った。 「私にはあなたを守る力がありません。戦場で最後にあなたを守る力があるとすれば、それは神の温情のみ。私は祈り、神に託すしかないのです。あなたの命運を」  ユウナギは衝撃を受けた。この期に及んで彼はまだ、自分を生かすことを考えているのだ。 「私は生き残るつもりはないわ。そんなことあなただって分かっているでしょう……」  彼の固い意思を、揺り動かす言葉が見つからない。今までだってろくに彼を説得できたことなんてない。それが悔しくて、堪えるつもりだった涙がまた落ちる。  トバリは彼女の涙を拭いながら、その切なる思いを伝える。 「それでも、たとえほんの僅かでも、私はその可能性に縋るしかない。あなたが神の力を失わない限り、希望は皆無ではない」  しかし彼女のとめどなく零れる涙は仕方なく、次は手にそっと触れた。 「嫌よ。都合のいい夢はみないで。そんなあてのないものに賭けられて、夢も叶わず私は死んでゆくの? 子どもの頃からずっとずっとあなたを想ってた。あなたと出逢えた証に、一夜でいい、抱かれたい。今の私には、それ以外の希望なんてない」 「都合のいい夢だと分かっています。それでも、これが私の信仰なのです。私のために生きてください」 「無理よ……」 「あなたは生きて、なんとしてでも生き延びて、あなたの夢を叶え幸せに生きてください。それが私の唯一の希望です」 「そんなのとんでもない重荷だよ! 私だけ生き延びたって、どんな夢も叶いっこないのに!」  彼は握っていたユウナギの手を離し、立ち上がる。そして以降は振り向かず、静かに自室を後にした。  そこには向かい合う確かな想いがあるはずなのに、それが譲れぬ深い想いであるほど、本来なら己よりも相手を思いやりたいふたりが、穏やかな着地点に降り立つのは不可能だった。  ユウナギはしばらくその場で、拒まれた恥ずかしさと、愛されることを知らずに死にゆく自分への憐憫で、泣きわめいていた。
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