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夜が明け、すぐにトバリの元へ走った。
「戦の日が決まったわ。私たちの命の期限は、あと三月よ」
「……分かりました」
ここから最後の戦の準備が始められた。女王の命でもって、官に就く者はひとりも例外なく戦場に立つべしと伝えられる。当然彼らは震撼した。一族の者であるなら文官ですら駆り出されるというのだ。それも民を徴兵しないというではないか。納得いくはずもない。そしてこれは異常事態だと、とうとうみなが知ることになった。
文官の彼らは理解している、国全土の文官武官と軍の兵すべてを合わせても、敵国の兵の数に到底敵わないことを。しかもなぜ民を徴兵しないのかは聞かされない。理知的な彼らとしては、これは勝機のない戦だと騒ぐのも憚られる。しかし命がかかっているとなれば、女王が何だ神の力が何だと激しく反発もしたくなる。国の成って以来初めての、深刻な局面だ。
最終的にその反抗は丞相のところで止められた。ユウナギはこの間、女王の屋敷から出ることを控えていた。
しばらくして敵国から書状が届く。戦場の通達だ。即、兵らを現地に遣わし策を講じることを始めた。
トバリにとって、ユウナギの参戦を余儀なくされたことは不覚の極みであった。女性の、または女性に近い体型の男子に限定して弓の名手を用意することは不可能に近い。
「戦までにどうにか女王を国外まで逃がす、というあなたの目論みは、実現不可となりましたね」
彼の元に参上したサダヨシに、漏れる弱音が止められないトバリだった。
「彼女が自身だけ運命から逃れるなど受容するはずもないと、いかに強行すべきか考えあぐね遅れをとってしまった。私は己の、決断力の無さが恨めしい」
「こうなれば開戦してから逃がすしかない。しかし」
言いながらサダヨシは地形図を広げた。
「本陣営を囲む森に入り、敵陣の逆方向、北西へ向かうのが定石です。が、周囲は深い森。それを見越して敵も真っ向からの、北西への追っ手の他に、森の北へもそれを手配するでしょう。敵兵より早く突っ切ることができるか……。またはその裏を掻き、東に逃げて潜むか……」
戦場で逃がすしか方法はないのだから、その道を選ばざるを得ない。しかし道を切り開く以外の、何の策も立てられない。劣勢の中、追っ手を振り切りひたすら逃げるに関してなど。
「それとも、失敗を承知で影武者を立てますか? 実際、ユウナギ様とてこの使命は荷が重いことでしょう」
地形図の二ヶ所を順に指差す。
「命中率以前に、女性の力でこのあたりからここまで、弓矢の飛距離を伸ばすことは容易ではない」
そこにユウナギが入室してきた。
「影武者とか、何を言ってるの?」
男ふたりは聞かれてしまったが、慌てることもない。
「私が必ず撃ち飛ばすわ」
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